驢鞍橋 / 卷下
德用、草分は、起緣前書にあり。盲安杖は、師俗の時、朋輩に儒者有り、佛道は世法に背くと云ふに仍て書き給ふ。二人比丘尼は、悲母の爲め也。念佛双紙は、松平和泉殿御袋の所望に仍てほんぐのうちに等閑に書き示めし給ふ所也。破きりしたんは、天草一亂の後、舍弟三郞九郞に御代官仰付有りし時、師も共に至り、邪宗の習氣を滅し、その土を治めんと欲し、寺庵數多建立し給ふ。その因に之を書してその土の者に示めし給ふ也。因果物語は、人の靈化物語をなす每に、加樣のことを聞捨にするは、無道心のこと也、末世の者、加樣のことを證據と作して進ますして、何を以て進まんやと云つて集め給ふ。殊に曰く、我集むる所は、元享釋書、砂石集の物語よりも證據正しと也。又この驢鞍橋は、私の覺書也。故に他見に及ばんことを恥づ。只自己の指南の爲めに、妄に留る所也。意句ともに錯多からんことを恐る而巳。
新字:徳用、草分は、起縁前書にあり。盲安杖は、師俗の時、朋輩に儒者有り、仏道は世法に背くと云ふに仍て書き給ふ。二人比丘尼は、悲母の為め也。念仏双紙は、松平和泉殿御袋の所望に仍てほんぐのうちに等閑に書き示めし給ふ所也。破きりしたんは、天草一乱の後、舎弟三郎九郎に御代官仰付有りし時、師も共に至り、邪宗の習気を滅し、その土を治めんと欲し、寺庵数多建立し給ふ。その因に之を書してその土の者に示めし給ふ也。因果物語は、人の霊化物語をなす毎に、加様のことを聞捨にするは、無道心のこと也、末世の者、加様のことを証拠と作して進ますして、何を以て進まんやと云つて集め給ふ。殊に曰く、我集むる所は、元享釈書、砂石集の物語よりも証拠正しと也。又この驢鞍橋は、私の覚書也。故に他見に及ばんことを恥づ。只自己の指南の為めに、妄に留る所也。意句ともに錯多からんことを恐る而巳。
書き下し
徳用、草分は、起縁前書にあり。盲安杖は、師俗の時、朋輩に儒者有り、仏道は世法に背くと云ふに仍て書き給ふ。二人比丘尼は、悲母の為め也。念仏双紙は、松平和泉殿御袋の所望に仍てほんぐのうちに等閑に書き示めし給ふ所也。破きりしたんは、天草一乱の後、舎弟三郎九郎に御代官仰付有りし時、師も共に至り、邪宗の習気を滅し、その土を治めんと欲し、寺庵数多建立し給ふ。その因に之を書してその土の者に示めし給ふ也。因果物語は、人の霊化物語をなす毎に、加様のことを聞捨にするは、無道心のこと也、末世の者、加様のことを証拠と作して進ますして、何を以て進まんやと云つて集め給ふ。殊に曰く、我集むる所は、元享釈書、砂石集の物語よりも証拠正しと也。又この驢鞍橋は、私の覚書也。故に他見に及ばんことを恥づ。只自己の指南の為めに、妄に留る所也。意句ともに錯多からんことを恐る而巳。
現代語訳
『徳用』『草分』は、起こりの縁が前の書にある。『盲安杖』は、師が俗世にいたとき、朋輩に儒者がいて、仏道は世法に背くと言ったので書かれた。『二人比丘尼』は母のためである。『念仏草紙』は、松平和泉殿の母君の所望によって、反故の中に何気なく書き示されたものである。『破吉利支丹』は、天草の乱の後、弟の三郎九郎に代官のお役目が仰せつけられたとき、師もともに行き、邪宗の気風を滅ぼし、その土地を治めようとして、寺庵を多く建立された。そのついでにこれを書いて、その土地の者に示されたのである。『因果物語』は、人が霊や化け物の話をするたびに、このようなことを聞き捨てにするのは道心のないことだ、末世の者はこのようなことを証拠として進まなくて、何によって進もうか、と言って集められた。とりわけ言われた。私の集めたものは、『元亨釈書』や『沙石集』の物語よりも証拠が正しい、と。またこの『驢鞍橋』は、私の覚え書きである。だから他人に見られることを恥じる。ただ自分の指南のために、みだりに書き留めたところである。意味も言葉も誤りが多いことを恐れるばかりである。
解説

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『驢鞍橋』卷下正三は俗に在りし時の名乗也。出家の後、亦法名とす。本国は紀州熊野、生国は三州姓は穂積、鈴木氏の長子なり。先祖三州に至るに及んて、松平の幕下に属して弓箭の功を致すこと、師に至る迄数代也御大将一天を掌にし給ひて、武官隙あるに及んて遁世す。師述る所の書、万民徳用、麓草分、盲安杖、二人比丘尼、念仏草紙、破きりしたん、因果物語等也。以上の七部は、三宝の光を以て国土を照し、普く群生を度せんと欲す、師大願の至要也。
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『驢鞍橋』卷上正三老人行脚の後、三州石平山に居して生を利すること年久し。末後に慶安元年戊子の夏、関東江城に到て諸人を接引す。予胡乱に其語を認めて阿爺の下頷と成す者也。
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『驢鞍橋』卷中又行脚の段に、霊仏霊社に参詣して、霊性清浄の機を受け、自己清浄と成り、山水草木に向つても、彼れか清浄の機を受けて自已を浄めと云ふも、機に移りたるに仍て書く也。又願力の段に、自巳の徳益なきのみならす、剰へ万人の心に違て、他人を引て悪道に入るへきこと、かねて知らすんば有るへからすと云ふは我か悪にて我一人沈むはせめて也。万人が無道人の坊主哉、いやどうよくなる入道哉と、さまざま地獄を造て堕る也。行ひ悪しき人の、諸人を引て悪道に入ること如是。大なる咎也。
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『驢鞍橋』卷下一日、僧問ふ、師常に修行の為めには侍好し、出家却て悪しと云つて、人の剃るを嫌ひ給ふが、何として自らは剃り給ふぞと云ふ者有り、如何か答へ申すべきや。師聞て曰く、何れも云て看よ。一僧曰く、仏法を起すには、俗よりも出家徳大なる故なるべし。師曰く、其儀に非す。正三は只因果にて剃りたり。定て正三は出家に成る因果こう有りつらん。無体に剃度してそりたる也。因に曰く、然るに此の因果の理を弁へず仏法を聞かば、皆出家に成ると云ふ。又病者と成り、機違と成ると云て、法に咎を付る者有り、究めたる悪見也。是れ法の咎に非ず、皆前世の因果也。その故は法を聞かざる者にて機違有り、病者有り、盲目と成る者有り、是は何の咎と云はんと也。
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『驢鞍橋』卷中師便ち曰く、我八十年苦労せしかとも、誰ても聞く人なく、時に逢はす、只打くさる迄也。余りの悲しさに、今こそ見者なくとも末世に残し応縁の者を待たんと思ふて是れを書く也。又曰く、今時正法滅する故に、三宝の光失して、国土世界、無明の闇となる。扨て扨て笑止千万なる事哉。何とぞ御下知を以て、正法を立て国土を明かならしめんと思ふ也。今時は直に達磨の出世ありても、正法立ち難し。末世にては国王大臣に付属すと申し置かれたり。然るに付属と申し置かれたる処を捨おかれ、仏法はかり御政道に預らさる事迷惑の至り也。是非共正法建立の御下知仰き奉ると御訴訟申し上けんとの念願はかり也。
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『驢鞍橋』卷下後世を願ふと云ふは、修し行して心老しく成り、物に碍らぬ様に用ゆること也。何としても初心にて心老しく成かたき物也。此の用には盲安杖が好き也。あれを見て、我には此の病有り、此の段を守て徳に至るべしと見るべき也。然れども盲安杖さへ左様に見る人なし。如是見ずんば、何返見ても益有るべからすと也。