驢鞍橋 / 卷下
去る曉、左右に向て曰く、扨て扨て實は强物哉。何れも正三かまだいきて居ると思ひ、世にある物じやと思つて、我病に貪著し、之に機を取られて居るさうなと也。又曰く、死をはつしと守るべし、我常に是れ一つを云ふ也。正三は何年生きても、死より別に云ふことなしと也。
新字:去る暁、左右に向て曰く、扨て扨て実は强物哉。何れも正三かまだいきて居ると思ひ、世にある物じやと思つて、我病に貪著し、之に機を取られて居るさうなと也。又曰く、死をはつしと守るべし、我常に是れ一つを云ふ也。正三は何年生きても、死より別に云ふことなしと也。
書き下し
去る暁、左右に向て曰く、扨て扨て実は强物哉。何れも正三かまだいきて居ると思ひ、世にある物じやと思つて、我病に貪著し、之に機を取られて居るさうなと也。又曰く、死をはつしと守るべし、我常に是れ一つを云ふ也。正三は何年生きても、死より別に云ふことなしと也。
現代語訳
ある明け方、左右に向かって言われた。さてさて、実有の念は強いものだな。誰もが、正三がまだ生きていると思い、この世にあるものだと思って、私の病に執着し、これに気迫を取られているようだ、と。また言われた。死をはっしと守りなさい。私はいつもこれ一つを言っているのである。正三は何年生きても、死より別に言うことはない、と。
解説
病床の正三は、弟子たちが自分の病に一喜一憂し、それに心を奪われている様子を見て、実有の執着は強いものだ、と言う。師がまだ生きている、この世にいるものだと思い込んでいるから、病に振り回されるのだ、と。そして、死をはっしと守れ、自分はいつもこれ一つを言ってきた、何年生きても死より他に言うことはない、と結ぶ。最期まで一つのことを説き続けた、正三の生涯を貫く言葉である。
この章句が説くこと
死を守る執着病床一貫最期の教え弟子
関連する章句
-
論語・学而篇子曰く、「弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力有らば、則ち以て文を学ぶ。」
-
歎異抄・第六条専修念仏の輩の、「わが弟子、ひとの弟子」という相論の候らんこと、もってのほかの子細なり。 親鸞は弟子一人ももたず候。 そのゆえは、わが計らいにて人に念仏を申させ候わばこそ、弟子にても候わめ、ひとえに弥陀の御もよおしにあずかりて念仏申し候人を、「わが弟子」と申すこと、極めたる荒涼のことなり。
-
『驢鞍橋』卷下未の二月日、四屋にて正庵大病を受くるを、師見舞有て、便ち牛込へ遷り、諸僧に語て曰く、扨て扨て大事の者哉。我能く是れを知る。其方達も腹立たる機のやうにして諸念の面を出さぬほどの位有りや。左無き人には、何ともせんずやうなしと也。
-
『驢鞍橋』卷下去る時、僧俗の修行者思の外心得悪しと発憤有る折節、去る僧来る。師見て曰く、出入の人人大方にも心得たるかと云ひければ、一人もなし。殊に坊主の生けた振見度なし。あらいやの御坊主達や。早々帰りめされよと云つて、急に逐ひ帰し給ふ也。
-
『驢鞍橋』卷上其夜半に左右の者に向て曰、此寺の宗元は如何程志付きたるや心元なし。かいもく無道心の者はせんず様なし。少しなりとも志有る者には、無理にも仏法すり付けたく思ふ也。中々胸の中に入つてなりとも起させたく思ふ也。
-
『夜船閑話』序此において諸子旧書櫃を開けば、草稿、蠹魚の腹中に葬らるゝ者中葉に過たり。諸子即ち訂正伝写して、既に五十来紙を見る。即ち封裹して以て京師に寄せんとす。予が馬歯一日も諸子に長たるを以て其端由を書せんことを責む。予も亦辞せずして書す。