驢鞍橋 / 卷下
未の二月日、四屋にて正庵大病を受くるを、師見舞有て、便ち牛込へ遷り、諸僧に語て曰く、扨て扨て大事の者哉。我能く是れを知る。其方達も腹立たる機のやうにして諸念の面を出さぬほどの位有りや。左無き人には、何ともせんずやうなしと也。
書き下し
未の二月日、四屋にて正庵大病を受くるを、師見舞有て、便ち牛込へ遷り、諸僧に語て曰く、扨て扨て大事の者哉。我能く是れを知る。其方達も腹立たる機のやうにして諸念の面を出さぬほどの位有りや。左無き人には、何ともせんずやうなしと也。
現代語訳
未の年二月某日、四谷で正庵が大病になったのを、師は見舞われて、すぐに牛込へ移り、僧たちに語って言われた。さてさて、大事な者だな。私はよくこれを知っている。あなたたちも、腹が立ったときの気迫のようにして、諸々の念が顔を出さないほどの位があるか。そうでない人には、どうしようもない、と。
解説
重病の弟子正庵を見舞った正三は、戻って、あれは大事な者だ、と言う。そして他の弟子たちに、腹が立ったときのような強い気迫で、雑念が顔を出さないほどの境地があるか、それがなければどうしようもない、と問う。病に倒れた弟子を惜しみながら、残る弟子たちの修行を案じる師の心が表れている。怒りのように全身が一つにまとまる強い集中を、雑念を寄せつけない修行の目安として示している。
この章句が説くこと
弟子病集中雑念師の心気迫
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論語・学而篇子曰く、「弟子、入りては則ち孝、出でては則ち弟、謹みて信、汎く衆を愛して仁に親しみ、行いて余力有らば、則ち以て文を学ぶ。」
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『驢鞍橋』卷下去る時、僧俗の修行者思の外心得悪しと発憤有る折節、去る僧来る。師見て曰く、出入の人人大方にも心得たるかと云ひければ、一人もなし。殊に坊主の生けた振見度なし。あらいやの御坊主達や。早々帰りめされよと云つて、急に逐ひ帰し給ふ也。
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