驢鞍橋 / 卷下
一日、向衆曰く、法界の功力を以て世を渡る間、能く能く無緣法界を吊ふべしと也。
新字:一日、向衆曰く、法界の功力を以て世を渡る間、能く能く無縁法界を吊ふべしと也。
書き下し
一日、向衆曰く、法界の功力を以て世を渡る間、能く能く無縁法界を吊ふべしと也。
現代語訳
ある日、衆に向かって言われた。法界(あらゆる存在)の力によって世を渡っているのだから、よくよく無縁の法界を弔いなさい、と。
解説
自分たちは、この世のあらゆる存在のおかげで生きている、だから、縁のない無数の死者たちもよく弔え、と正三は言う。身近な人だけでなく、誰にも弔われない見知らぬ人々にまで心を向けること。自分の暮らしが、名も知らぬ無数の人々の働きや命の上に成り立っているという自覚から、感謝と供養の心が生まれる。視野を身内から世界全体へと広げさせる、短く大きな教えである。
この章句が説くこと
法界無縁供養感謝おかげ視野
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日去る寺にて無縁の亡者を弔ふを見て曰く。江戸の寺にては無縁の者を弔ふ事、大なる功徳なり。是れに依つて亦如何なる難をも滅すべしと也。
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『驢鞍橋』卷上一日亡者弔ひの次て、師愕然として曰く、皆人計りを弔ふ弔ふと思つて、我も頓て弔らはるへしと云ふ事を知らず。仮にも思ひよらず、只有りて俄に詰りてぎくついて死す。さても暗き物哉と也。
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『驢鞍橋』卷下一日、食事の次、曰く、娑婆に出ては、なにとずして娑婆を費したるほど責めて、娑婆に功徳をかへして行き度物也。時に長老有り曰く、三分か一もかへす者有るべからす。師曰く、いや職人の中には有るべし、殊に百姓に成てかへしたし。あゝ大事也大事也と也。
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『驢鞍橋』卷下一日、或る人来つて、自身の為めに逆修吊を乞ふ。師聞て云く、皆我法を聞き受けめされぬに仍て、左様のことを求めらるゝ也。我御坊主に非さる故に、逆修に人を吊ふこと知らぬと也。良有りて云く、そても無い心入哉。我逆修と云ふは、朝から晩迄、きつと心を守て一切に負けぬこと也、如是勤むるを逆修とす。是れは其方に我遺言に致すそと也。
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『驢鞍橋』卷上壬辰冬示して曰く、去る者法然上人に後生の願ひ機を問ふ。法然答て曰、後世を願ふと云ふは唯今頸を切らるゝ者の心に成りて、念仏申すべしと也。是れよき教也。誠に如是念仏せすんば、我執尽すべからずと也。
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『驢鞍橋』卷下師遷化の後、不三老、門人に謂て曰く、此間人病を問へとも、之に取合はず、なにと仏法に替る事なしやなしやと計り尋ね給ふ。誠に遷化の日迄、此事のみ也。一生が間、あれほとも全体仏法を苦にし給ふものか、各志を守て師の念願を虚しう給ふべからすと□□也。