驢鞍橋 / 卷下
一日去る人疱瘡には不淨を嫌ふと云ふを次に、一僧語て曰く、肥前の國多久何某と云ふ人、疱瘡半に嶋原濱の城に出陣せんとす。親類とも大事の病を持ちなから、彼に至るとも、何の用にか立つへきと頻に是れを留む。彼者曰く、厚思に預りなから、何ぞ今度の御用に立たぬと云ふこと有らんや。若し途中にて死せば本望也と云て出陣す、冬陣なれば、寒氣甚しけれども、衣を重ることもなく、夜白共に具足計の体にて、養生と云ふこともせず、况して不淨を忌むと云ふこともせざりしかども、結句早く本復して、其陣に忠を盡くされたり。然る則んば、還た指て不淨を嫌ふとも云はれぬこと也と云ふ。師聞て曰く、君の爲めに一命を捨てたる程、淸淨なること有らんや。義の爲めにづんと捨切つたる人ならば、疱瘡の神は云ふに及はす、諸天諸神も皆守護を加へ給はではと也。
新字:一日去る人疱瘡には不浄を嫌ふと云ふを次に、一僧語て曰く、肥前の国多久何某と云ふ人、疱瘡半に嶋原浜の城に出陣せんとす。親類とも大事の病を持ちなから、彼に至るとも、何の用にか立つへきと頻に是れを留む。彼者曰く、厚思に預りなから、何ぞ今度の御用に立たぬと云ふこと有らんや。若し途中にて死せば本望也と云て出陣す、冬陣なれば、寒気甚しけれども、衣を重ることもなく、夜白共に具足計の体にて、養生と云ふこともせず、況して不浄を忌むと云ふこともせざりしかども、結句早く本復して、其陣に忠を尽くされたり。然る則んば、還た指て不浄を嫌ふとも云はれぬこと也と云ふ。師聞て曰く、君の為めに一命を捨てたる程、清浄なること有らんや。義の為めにづんと捨切つたる人ならば、疱瘡の神は云ふに及はす、諸天諸神も皆守護を加へ給はではと也。
書き下し
一日去る人疱瘡には不浄を嫌ふと云ふを次に、一僧語て曰く、肥前の国多久何某と云ふ人、疱瘡半に嶋原浜の城に出陣せんとす。親類とも大事の病を持ちなから、彼に至るとも、何の用にか立つへきと頻に是れを留む。彼者曰く、厚思に預りなから、何ぞ今度の御用に立たぬと云ふこと有らんや。若し途中にて死せば本望也と云て出陣す、冬陣なれば、寒気甚しけれども、衣を重ることもなく、夜白共に具足計の体にて、養生と云ふこともせず、況して不浄を忌むと云ふこともせざりしかども、結句早く本復して、其陣に忠を尽くされたり。然る則んば、還た指て不浄を嫌ふとも云はれぬこと也と云ふ。師聞て曰く、君の為めに一命を捨てたる程、清浄なること有らんや。義の為めにづんと捨切つたる人ならば、疱瘡の神は云ふに及はす、諸天諸神も皆守護を加へ給はではと也。
現代語訳
ある日、ある人が、疱瘡には不浄を嫌う、と言ったついでに、一人の僧が語った。肥前の国の多久の某という人は、疱瘡の半ばに島原の浜の城(島原の乱)に出陣しようとしました。親類たちは、大事な病を持ちながら、あちらに行っても何の役に立とうか、と頻りに止めました。その者は言いました。厚い恩を受けながら、どうして今度の御用に立たないということがあろうか。もし途中で死ねば本望だ、と言って出陣しました。冬の陣でしたので寒気は甚だしかったのですが、衣を重ねることもなく、夜も昼も具足ばかりの姿で、養生ということもせず、まして不浄を忌むということもしませんでしたが、かえって早く本復して、その陣で忠を尽くされました。そうであれば、ことさら不浄を嫌うとも言えないことです、と言った。師は聞いて言われた。主君のために一命を捨てたほど、清浄なことがあろうか。義のためにすっぱりと捨て切った人ならば、疱瘡の神は言うまでもなく、諸天諸神もみな守護を加えられないはずがない、と。
解説

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『囲炉夜話』第百四十六則・命を捨て得ざれば忠臣と爲ること能はず錢を捨て得ざれば、義士と爲ること能はず。命を捨て得ざれば、忠臣と爲ること能はず。
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