驢鞍橋 / 卷下
一日、僧玄石臨終に示して曰く、いつ迄生きても何の替はることなし、苦体の腐物を、一日なりとも早く打捨るは好きこと也、先つ今生の隙明け也。我も此年迄生きたれども、何の變もなし。道元和尙抔を隙の明きた人の樣にこそ思はるらん。未た佛境界に非す、其自由に成る物に非す。思ひを達せぬ者、汝一人のみに非す。誰れと云つても、いつ迄御生ありても、何の變も有るまし。先つ片時なりとも早く、この腐物を打捨ること、扨ても好きこと也。我も頓て行くずと有りければ、その僧正念にして往生す、生年十九歲也。
新字:一日、僧玄石臨終に示して曰く、いつ迄生きても何の替はることなし、苦体の腐物を、一日なりとも早く打捨るは好きこと也、先つ今生の隙明け也。我も此年迄生きたれども、何の変もなし。道元和尚抔を隙の明きた人の様にこそ思はるらん。未た仏境界に非す、其自由に成る物に非す。思ひを達せぬ者、汝一人のみに非す。誰れと云つても、いつ迄御生ありても、何の変も有るまし。先つ片時なりとも早く、この腐物を打捨ること、扨ても好きこと也。我も頓て行くずと有りければ、その僧正念にして往生す、生年十九歳也。
書き下し
一日、僧玄石臨終に示して曰く、いつ迄生きても何の替はることなし、苦体の腐物を、一日なりとも早く打捨るは好きこと也、先つ今生の隙明け也。我も此年迄生きたれども、何の変もなし。道元和尚抔を隙の明きた人の様にこそ思はるらん。未た仏境界に非す、其自由に成る物に非す。思ひを達せぬ者、汝一人のみに非す。誰れと云つても、いつ迄御生ありても、何の変も有るまし。先つ片時なりとも早く、この腐物を打捨ること、扨ても好きこと也。我も頓て行くずと有りければ、その僧正念にして往生す、生年十九歳也。
現代語訳
ある日、僧の玄石の臨終に示して言われた。いつまで生きても、何の変わりもない。苦の体の腐りものを、一日でも早く打ち捨てるのは良いことである。まず今生の暇明けである。私もこの年まで生きたが、何の変わりもない。道元和尚などを暇の明いた人のように思っておられるだろう。まだ仏の境界ではない。そう自由になるものではない。思いを遂げられない者は、あなた一人ではない。誰と言っても、いつまで生きておられても、何の変わりもあるまい。まず片時でも早く、この腐りものを打ち捨てるのは、さても良いことである。私もやがて行くぞ、とあったので、その僧は正念のまま往生した。十九歳であった。
解説

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『碧巌録』第九十六則達磨曰く、「諸仏の妙道は、曠劫に精勤し、行じ難きを能く行じ、忍に非ざるを忍ぶ。豈に小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんと欲せんや。是の処有ること無し」。二祖誨励を聞いて、道に向ふこと益々切なり。潜かに利刀を取りて、自ら左臂を断ち、達磨の前に致す。磨是れ法器なることを知り、遂に問うて曰く、「汝雪に立ち臂を断つ、当に何事の為ぞ」。二祖曰く、「某甲心未だ安からず、乞ふ師安心せしめたまへ」。磨曰く、「心を将ち来れ、汝が与に安んぜん」。祖曰く、「心を覓むるに了に不可得なり」。達磨云く、「汝が与に安心し竟んぬ」。後に達磨為に其の名を易へて慧可と曰ふ。後に三祖燦大師を接得す。既に法を伝へて舒州の皖公山に隠る。後周の武帝の仏法を破滅し僧を沙汰するに属ひ、師太湖県の司空山に往来し、居に常処無し。十余載を積むも人の知る者無し。宣律師の高僧伝、二祖の事を載すること詳らかならず。三祖伝に云く、二祖の妙法世に伝はらず、と。末後に依前として他の当時の立雪を悟るに頼値す。所以に雪竇道ふ、雪に立つこと如し未だ休まずんば、何人か雕偽せざらん、と。雪に立つこと若し未だ休まずんば、足恭謟詐の人皆之に効はん。一時に只だ雕偽を成ず。則ち是れ謟詐の徒なり。
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