驢鞍橋 / 卷下
夜話の次、御普代衆來り、當君の御慈悲に在して、諸臣有難く存し奉ると、其品々を語り給ふ。師聞て曰く、夫れは仰せ有るも愚也。當君の御事に於ては、乍恐此の禪門か占ひ奉る物をと也。彼の人其故を問ふ。師曰く、我其の頃、濃州そぎの湯にありけるに御誕生の由告け來る也。我扨ても目出度御事哉、先つ寅卯辰巳とつゝき給ふ。是は如何なる聖人の出世有るか、扨て扨て廣大なる德を持ち來り給ふ大將軍哉と不憚申し奉りけれは、左右の人々驚て故を問ふ。我言ふ、されは近年公方樣御不例に付て、御普代衆を始め、諸國の大名、其下々に至る迄、心更にさたかならず。端國者迄も、物を待つ心にて、萬民安からさるに、やれ御誕生よと云ふと、天下ひしひしと治て、忽ち人の心穩かに成る也。是れうぶ聲にて天下を治め給ふに非すや、何とうぶ屋の中にて天下を治め給ふと云ふ樣の大威勢有ることと思召や。如是の主君、何の世にか有らんや。さぞ此の御代の太平ならんと申しければ、何れも感し奉らぬ人無し。
新字:夜話の次、御普代衆来り、当君の御慈悲に在して、諸臣有難く存し奉ると、其品々を語り給ふ。師聞て曰く、夫れは仰せ有るも愚也。当君の御事に於ては、乍恐此の禅門か占ひ奉る物をと也。彼の人其故を問ふ。師曰く、我其の頃、濃州そぎの湯にありけるに御誕生の由告け来る也。我扨ても目出度御事哉、先つ寅卯辰巳とつゝき給ふ。是は如何なる聖人の出世有るか、扨て扨て広大なる徳を持ち来り給ふ大将軍哉と不憚申し奉りけれは、左右の人々驚て故を問ふ。我言ふ、されは近年公方様御不例に付て、御普代衆を始め、諸国の大名、其下々に至る迄、心更にさたかならず。端国者迄も、物を待つ心にて、万民安からさるに、やれ御誕生よと云ふと、天下ひしひしと治て、忽ち人の心穏かに成る也。是れうぶ声にて天下を治め給ふに非すや、何とうぶ屋の中にて天下を治め給ふと云ふ様の大威勢有ることと思召や。如是の主君、何の世にか有らんや。さぞ此の御代の太平ならんと申しければ、何れも感し奉らぬ人無し。
書き下し
夜話の次、御普代衆来り、当君の御慈悲に在して、諸臣有難く存し奉ると、其品々を語り給ふ。師聞て曰く、夫れは仰せ有るも愚也。当君の御事に於ては、乍恐此の禅門か占ひ奉る物をと也。彼の人其故を問ふ。師曰く、我其の頃、濃州そぎの湯にありけるに御誕生の由告け来る也。我扨ても目出度御事哉、先つ寅卯辰巳とつゝき給ふ。是は如何なる聖人の出世有るか、扨て扨て広大なる徳を持ち来り給ふ大将軍哉と不憚申し奉りけれは、左右の人々驚て故を問ふ。我言ふ、されは近年公方様御不例に付て、御普代衆を始め、諸国の大名、其下々に至る迄、心更にさたかならず。端国者迄も、物を待つ心にて、万民安からさるに、やれ御誕生よと云ふと、天下ひしひしと治て、忽ち人の心穏かに成る也。是れうぶ声にて天下を治め給ふに非すや、何とうぶ屋の中にて天下を治め給ふと云ふ様の大威勢有ることと思召や。如是の主君、何の世にか有らんや。さぞ此の御代の太平ならんと申しければ、何れも感し奉らぬ人無し。
現代語訳
夜話のついでに、譜代衆が来て、今の将軍様のお慈悲にあずかり、諸臣がありがたく存じ上げている、とその品々を語られた。師は聞いて言われた。それはおっしゃるのも愚かなことである。今の将軍様のことについては、恐れながら、この禅門が占い申し上げていたのだ、と。その人がわけを尋ねた。師は言われた。私はそのころ美濃のそぎの湯にいたが、ご誕生の知らせが来た。私は、さてもめでたいことだ、まず寅、卯、辰、巳と続かれた。これはどのような聖人がお出ましになったのか、さてさて広大な徳を持ってこられた大将軍だな、とはばからず申し上げたところ、左右の人々が驚いてわけを尋ねた。私は言った。されば、近年公方様がご不例なので、譜代衆をはじめ、諸国の大名、その下々に至るまで、心がまったく定まらない。辺境の者までも何かを待つ心で、万民が安らかでなかったのに、やれご誕生だと言うと、天下がひしひしと治まって、たちまち人の心が穏やかになった。これは産声で天下を治められたのではないか。なんと、産屋の中で天下を治められるような大威勢があることだと思われないか。このような主君が、どの世にあったろうか。さぞこの御代は太平であろう、と申したところ、誰もが感じ入らない人はいなかった。
解説

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『碧巌録』第九十六則達磨曰く、「諸仏の妙道は、曠劫に精勤し、行じ難きを能く行じ、忍に非ざるを忍ぶ。豈に小徳小智、軽心慢心を以て、真乗を冀はんと欲せんや。是の処有ること無し」。二祖誨励を聞いて、道に向ふこと益々切なり。潜かに利刀を取りて、自ら左臂を断ち、達磨の前に致す。磨是れ法器なることを知り、遂に問うて曰く、「汝雪に立ち臂を断つ、当に何事の為ぞ」。二祖曰く、「某甲心未だ安からず、乞ふ師安心せしめたまへ」。磨曰く、「心を将ち来れ、汝が与に安んぜん」。祖曰く、「心を覓むるに了に不可得なり」。達磨云く、「汝が与に安心し竟んぬ」。後に達磨為に其の名を易へて慧可と曰ふ。後に三祖燦大師を接得す。既に法を伝へて舒州の皖公山に隠る。後周の武帝の仏法を破滅し僧を沙汰するに属ひ、師太湖県の司空山に往来し、居に常処無し。十余載を積むも人の知る者無し。宣律師の高僧伝、二祖の事を載すること詳らかならず。三祖伝に云く、二祖の妙法世に伝はらず、と。末後に依前として他の当時の立雪を悟るに頼値す。所以に雪竇道ふ、雪に立つこと如し未だ休まずんば、何人か雕偽せざらん、と。雪に立つこと若し未だ休まずんば、足恭謟詐の人皆之に効はん。一時に只だ雕偽を成ず。則ち是れ謟詐の徒なり。
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『酔古堂剣掃』集醒・身に樂有るは心に憂無きに若かず前に譽有るは、後に毀無きに若かず。身に樂有るは、心に憂無きに若かず。
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『無門関』第四十一則 達磨安心達磨面壁す。二祖雪に立ち臂を斷ちて云く、「弟子心未だ安からず。乞ふ師心を安んぜよ」。磨云く、「心を將(も)ち來れ。汝が與に安んぜん」。祖云く、「心を覓(もと)むるに了(つひ)に不可得なり」。磨云く、「汝が與に心を安んじ竟(をは)れり」。
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『初学訓』巻之三不幸なりとて、みだりに憂へなげき、或は、富貴財禄を貪りて、へつらひ求むるは、愚なりといふべし。富貴貧賤、吉凶、禍福、皆生れつきたる天命なれば、天命に任せて、むさぼり求むべからず、又、うれふべからず。天命を安んぜざるは愚なり。
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