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驢鞍橋 / 卷下

去る夜、小用に出て給ふ次で、身を扣て曰く、咳、むさい糞袋哉。大小用の時は、一入髓に徹して不淨の躰哉と、いやに思はるゝ也。扨て扨て詮も無き物哉と也。常住坐臥に付て、何の詮もなき物哉詮もなき物哉と也。又時々あゝ大義じやよ大義じやよと大息をつき給ひ、睡眠の中にも吐息有りし也。又僧俗、毎夜床を取廻して坐するに、何として何としてと時々警策有りし也。

新字:去る夜、小用に出て給ふ次で、身を扣て曰く、咳、むさい糞袋哉。大小用の時は、一入髄に徹して不浄の体哉と、いやに思はるゝ也。扨て扨て詮も無き物哉と也。常住坐臥に付て、何の詮もなき物哉詮もなき物哉と也。又時々あゝ大義じやよ大義じやよと大息をつき給ひ、睡眠の中にも吐息有りし也。又僧俗、毎夜床を取廻して坐するに、何として何としてと時々警策有りし也。

書き下し

去る夜、小用に出て給ふ次で、身を扣て曰く、咳、むさい糞袋哉。大小用の時は、一入髄に徹して不浄の体哉と、いやに思はるゝ也。扨て扨て詮も無き物哉と也。常住坐臥に付て、何の詮もなき物哉詮もなき物哉と也。又時々あゝ大義じやよ大義じやよと大息をつき給ひ、睡眠の中にも吐息有りし也。又僧俗、毎夜床を取廻して坐するに、何として何としてと時々警策有りし也。

現代語訳

ある夜、小用に出られたついでに、身を叩いて言われた。ああ、むさい糞袋だな。大小便のときは、ひとしお骨身にしみて、不浄の体だなと、嫌に思われるのである。さてさて、甲斐のないものだな、と。常住坐臥につけて、何の甲斐もないものだな、甲斐もないものだな、と言われた。また時々、ああ大儀じゃよ、大儀じゃよ、と大きな息をつかれ、眠りの中でも吐息があった。また僧俗が毎夜床を取り囲んで坐っていると、何としてだ、何としてだ、と時々警策(励まし)があった。

解説

最晩年の正三の日常が、弟子の目で記されている。夜中に用を足すたびに、身を叩いて、なんと汚い糞袋だ、と言い、いつも、甲斐のないものだ、と繰り返した。ああ大変だ、と大きく息をつき、眠っていても吐息を漏らした。それでも毎夜床を囲む弟子たちには、何としてだ、と励ましの声をかけ続けた。老いと病に苦しむ身体への嫌悪を隠さず、それでもなお弟子を導き続けた師の、生々しく人間的な最期の姿である。

この章句が説くこと

最晩年老い不浄観励まし人間味

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この一句を、あなたの毎日に。

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