驢鞍橋 / 卷下
一日、食時の次で、愕然として曰く、扨ても扨ても詮なきこと哉、日日食込み食込みするは是れ何の爲めそや。食ては、娑婆を樂み樂み、あゝたわけたこと哉と也。
新字:一日、食時の次で、愕然として曰く、扨ても扨ても詮なきこと哉、日日食込み食込みするは是れ何の為めそや。食ては、娑婆を楽み楽み、あゝたわけたこと哉と也。
書き下し
一日、食時の次で、愕然として曰く、扨ても扨ても詮なきこと哉、日日食込み食込みするは是れ何の為めそや。食ては、娑婆を楽み楽み、あゝたわけたこと哉と也。
現代語訳
ある日、食事のついでに、はっとして言われた。さてもさても甲斐のないことだな。日々食べ込み、食べ込みするのは、これは何のためだろうか。食べては、この世を楽しみ楽しみ、ああ、愚かなことだな、と。
解説
食事の最中、正三ははっとして、毎日毎日食べ続けて、それが何のためなのか、食べてはこの世を楽しむだけではないか、ああ愚かなことだ、と言う。食べることは生きることであり、その生を何に使っているのかを問う言葉である。第四十六条(下巻)では一粒に百人の労苦がこもると言った。食事という毎日の営みを、自分の生き方を点検する機会にしている。
この章句が説くこと
食事生きる目的自省消費娑婆日常
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