驢鞍橋 / 卷下
同九月十七日の晩、對衆曰く、今日何某等にごきつう云ふたが何とあの樣に云ふたは、好いと思ふや。あの樣に云はれて、ぬるぬるとして取受ぬ性は、扨て扨てくどつきてはをりないが、なにか武士たる者か死ること抔取受けぬと云ふことがあつてこそ、只何としてもしつかと用ゐ得ぬに仍て、ぐどつくと見えたり。嗅機を引立て眼をすゑて死ねることを學はではと牙ぎしりを咬み給ふ也。
新字:同九月十七日の晩、対衆曰く、今日何某等にごきつう云ふたが何とあの様に云ふたは、好いと思ふや。あの様に云はれて、ぬるぬるとして取受ぬ性は、扨て扨てくどつきてはをりないが、なにか武士たる者か死ること抔取受けぬと云ふことがあつてこそ、只何としてもしつかと用ゐ得ぬに仍て、ぐどつくと見えたり。嗅機を引立て眼をすゑて死ねることを学はではと牙ぎしりを咬み給ふ也。
書き下し
同九月十七日の晩、対衆曰く、今日何某等にごきつう云ふたが何とあの様に云ふたは、好いと思ふや。あの様に云はれて、ぬるぬるとして取受ぬ性は、扨て扨てくどつきてはをりないが、なにか武士たる者か死ること抔取受けぬと云ふことがあつてこそ、只何としてもしつかと用ゐ得ぬに仍て、ぐどつくと見えたり。嗅機を引立て眼をすゑて死ねることを学はではと牙ぎしりを咬み給ふ也。
現代語訳
同じ九月十七日の晩、衆に対して言われた。今日、某たちにきつく言ったが、あのように言ったのを、良いと思うか。あのように言われて、ぬるぬるとして受け止めない性分は、さてさて、ぐずぐずしてはいないが、どうして武士たる者が、死ぬことなどを受け止めないということがあろうか。ただどうしても、しっかりと用いることができないので、ぐずつくと見える。気迫を引き立て、眼を据えて、死ぬことを学ばなくては、と歯ぎしりをなさった。
解説
弟子にきつく言ったことを振り返り、正三は、あれほど言われても、ぬるぬると受け止めない者がいる、武士たる者が死の覚悟を受け止めないことがあろうか、と嘆く。しっかり実践できないからぐずつくのだ、気迫を奮い立たせ、目を据えて死ぬことを学ばなければ、と歯ぎしりする。厳しく叱った後に、それでも伝わらないもどかしさを隠さない。指導する者の苛立ちと、なお諦めない熱が伝わってくる条である。
この章句が説くこと
叱責受け止める死を学ぶもどかしさ武士指導
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