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後世への最大遺物 / 第一回・旗を挙げようという念が消えた

そこでそのときの心持ちはなるほどそのなかに一種の喜びがなかったではございませぬけれども、以前の心持ちとは正反対の心持ちでありました。そうしてこの世の中に事業をしよう、この世の中に一つ旗を挙げよう、この世の中に立って男らしい生涯を送ろう、という念がなくなってしまいました。ほとんどなくなってしまいましたから、私はいわゆる坊主臭い因循的の考えになってきました。それでまた私ばかりでなく私を教えてくれる人がソウでありました。たびたび……ここには宣教師はおりませぬから少しは宣教師の悪口をいっても許してくださるかと思いまするが……宣教師のところに往って私の希望を話しますると、「あなたはそんな希望を持ってはいけませぬ、そのようなことはそれは欲心でございます、それはあなたのまだキリスト教に感化されないところの心から起ってくるのです」というようなことを聞かされないではなかった。

書き下し

そこで、そのときの心持ちは、なるほどそのなかに一種の喜びがなかったではございませぬけれども、以前の心持ちとは正反対の心持ちでありました。そうして、この世の中に事業をしよう、この世の中に一つ旗を挙げよう、この世の中に立って男らしい生涯を送ろう、という念がなくなってしまいました。ほとんどなくなってしまいましたから、私はいわゆる坊主臭い因循的の考えになってきました。それでまた、私ばかりでなく、私を教えてくれる人がそうでありました。たびたび……ここには宣教師はおりませぬから、少しは宣教師の悪口をいっても許してくださるかと思いまするが……宣教師のところに往って私の希望を話しますると、「あなたはそんな希望を持ってはいけませぬ、そのようなことはそれは欲心でございます、それはあなたのまだキリスト教に感化されないところの心から起ってくるのです」というようなことを聞かされないではなかった。

現代語訳

そのときの心持ちには、たしかに一種の喜びがなかったわけではありませんが、以前とは正反対のものでした。そして、この世で事業をしよう、この世で一つ旗を揚げよう、この世に立って男らしい一生を送ろう、という思いがなくなってしまった。ほとんどなくなってしまったので、私はいわゆる坊主臭い、引っ込み思案な考えになってきました。しかも私だけでなく、私を教えてくれる人がそうでした。たびたび、ここには宣教師がいませんから、少しくらい宣教師の悪口を言っても許してくださるでしょう、宣教師のところへ行って私の希望を話すと、あなたはそんな希望を持ってはいけません、それは欲心です、まだキリスト教に感化されていない心から出てくるのです、といったことを聞かされたものでした。

解説

志が消えた原因を、内村は自分の内側だけでなく教える側にも求めます。希望を語ると欲心だと戒められた。指導者が弟子の志を摘む構図で、信仰の名のもとに行われるだけに反論しにくい。因循は古い習わしにこだわって前へ出ないこと。内村はそれを坊主臭いと言い切ります。この講演が夏期学校という若者の育成の場で語られていることを思うと、この一段はその場の指導者たちへの直接の異議申し立てでもあります。育てる側が何を否定しているかを点検せよ、という問いがここにあります。

この章句が説くこと

事業指導否定因循

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