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驢鞍橋 / 卷下

去る曉云ふ、總身に入渡つて大事に成て居るが、まだ隙明かぬ也。扨て扨て古人抔の修しをゝせられたると云ふは、でかう强い修行なるべしと也。

新字:去る暁云ふ、総身に入渡つて大事に成て居るが、まだ隙明かぬ也。扨て扨て古人抔の修しをゝせられたると云ふは、でかう强い修行なるべしと也。

書き下し

去る暁云ふ、総身に入渡つて大事に成て居るが、まだ隙明かぬ也。扨て扨て古人抔の修しをゝせられたると云ふは、でかう强い修行なるべしと也。

現代語訳

ある明け方言われた。全身に行き渡って大事になっているが、まだ暇が明かないのである。さてさて、古人などが修め果たされたというのは、とてつもなく強い修行だったのだろう、と。

解説

修行の切実さが全身に行き渡っているのに、まだ決着がつかない、と晩年の正三は明け方に漏らす。そして、古人が修行をやり遂げたというのは、とてつもなく強い修行だったに違いない、と。自分がこれほど打ち込んでもなお届かないからこそ、やり遂げた先人の偉大さが実感として分かる。自ら深く取り組んだ人だけが持てる、先人への本当の敬意が表れた短い条である。

この章句が説くこと

先人への敬意修行晩年決着実感切実

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