驢鞍橋 / 卷下
午の五月二十四日夜半に一僧曰く、此の頃、大國より諸經日誦と云ふ書一冊渡る、是は諸經の中より經咒を拔出し、只今大國にて日日の勤行に用ゆる處也。その中に佛名も八十八佛有り、是れも二時の勤行に唱ふと承る也その中に大强精進勇猛佛と申す佛名有り、又精進軍佛、精進喜佛抔と申す有りと語る。師聞きあへず、起上つて曰く、扨て不思議なる佛名哉。我此の前から加樣なる佛名有らんずことじやか、佛は說き給はさるか、但し我修行違ひたかと思ひけれども、兎角此の筋の外なしと思ふて、無理に修して今に及ふ也。此の佛名に仍て、彌よ御佛に親しくなりたり。加樣ににくぢなる佛名、あの御心より出てたり出てたり、なにと何れも佛の御旨より加樣のと出てんは、不思議と思はれずや。此の佛は吾法の證據に出て給ひたりと大に悅ひ給ふ也。
新字:午の五月二十四日夜半に一僧曰く、此の頃、大国より諸経日誦と云ふ書一冊渡る、是は諸経の中より経咒を抜出し、只今大国にて日日の勤行に用ゆる処也。その中に仏名も八十八仏有り、是れも二時の勤行に唱ふと承る也その中に大强精進勇猛仏と申す仏名有り、又精進軍仏、精進喜仏抔と申す有りと語る。師聞きあへず、起上つて曰く、扨て不思議なる仏名哉。我此の前から加様なる仏名有らんずことじやか、仏は説き給はさるか、但し我修行違ひたかと思ひけれども、兎角此の筋の外なしと思ふて、無理に修して今に及ふ也。此の仏名に仍て、弥よ御仏に親しくなりたり。加様ににくぢなる仏名、あの御心より出てたり出てたり、なにと何れも仏の御旨より加様のと出てんは、不思議と思はれずや。此の仏は吾法の証拠に出て給ひたりと大に悅ひ給ふ也。
書き下し
午の五月二十四日夜半に一僧曰く、此の頃、大国より諸経日誦と云ふ書一冊渡る、是は諸経の中より経咒を抜出し、只今大国にて日日の勤行に用ゆる処也。その中に仏名も八十八仏有り、是れも二時の勤行に唱ふと承る也その中に大强精進勇猛仏と申す仏名有り、又精進軍仏、精進喜仏抔と申す有りと語る。師聞きあへず、起上つて曰く、扨て不思議なる仏名哉。我此の前から加様なる仏名有らんずことじやか、仏は説き給はさるか、但し我修行違ひたかと思ひけれども、兎角此の筋の外なしと思ふて、無理に修して今に及ふ也。此の仏名に仍て、弥よ御仏に親しくなりたり。加様ににくぢなる仏名、あの御心より出てたり出てたり、なにと何れも仏の御旨より加様のと出てんは、不思議と思はれずや。此の仏は吾法の証拠に出て給ひたりと大に悅ひ給ふ也。
現代語訳
午の年五月二十四日の夜半に、一人の僧が言った。近ごろ中国から『諸経日誦』という書が一冊渡ってきました。これは諸経の中から経や呪を抜き出し、今中国で日々の勤行に用いているものです。その中に仏名も八十八仏あり、これも朝夕の勤行に唱えると承ります。その中に大強精進勇猛仏と申す仏名があり、また精進軍仏、精進喜仏などと申すものがあります、と語った。師は聞くやいなや、起き上がって言われた。さても不思議な仏名だな。私は以前から、このような仏名があるはずのことだが、仏はお説きにならなかったのか、それとも私の修行が違ったのか、と思ったけれども、とにかくこの筋の外はないと思って、無理に修めて今に至ったのである。この仏名によって、いよいよ御仏に親しくなった。このように力強い仏名が、あのお心から出たのだ、出たのだ。なんと、誰も、仏のお心からこのようなものが出たのは、不思議だと思われないか。この仏は私の法の証拠に出てくださったのだ、と大いにお喜びになった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下此の時、諸人弥よ力を得、此の名号を申し請く、師此の前より阿弥陀の名号を申し請る者、名判を所望せしかども、終に許し給はず、然るに此の仏の証拠にならば、我慥に成らんずと云つて、南無大强精進勇猛仏と書き、名判して授け給ふ。又精進軍仏、精進喜仏、我何れも知ると云て、此の二仏と左右に書き給ふも有りし也。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る人来て、来朝の唐僧、江戸迄請待仕り度由、去る僧達訴訟に出てられたりと語る。師聞て曰く、扨てもうれしきこと哉、是れに付て正法建立の儀申し上くべし。この節直目安をかづき、若し法の筋悪きを御用被遊は、日本一州忽ち邪法と成るべし。能く能く御余議有るべしと命かけに申し上くべし。元より正法ならは、その上なし。扨て我は仏像と一切衆生済度の経文とを以て申すべし。彼の禅堂の様子も聞きけるか。あの様に用ゐて、在家にて何の用に立たんや。我是れ一つを待つと也。
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『驢鞍橋』卷下午の二月十八日、賢崇寺にて、去る俗士念仏の申し様を問ふ。師眼を見すゑ、拳を握り、きつと胸を張出して曰く、なまだなまだなまだと申さるべし。常住如是用ゐずんば、用に立つべからすと也。
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『驢鞍橋』卷上一日衆に語て曰く、此前吉野にて大峰懸出の山伏、大太刀を十文字にはき、金剛杖を撞き、大童に成つて通るを見て、扨も役の行者はでかい修行者で在つたよと、ひしと機に移り、誠に捨身の修行、如是ならではと思付きてより、二王を見出す也。夫れより次第に仏像の位を見出す也。是れも我胸に有る事に、ひしと相応するに依つて見出すなり。性弱くして見ゆべからず、後に去る山伏の法師に聞きければ、山伏の巻物の奥書に、捨身菩提とあり、亦頭巾の裏にも如是書して頂くといへり。誠に形より推顕して修す位也。実に実に捨身修行如是なくては、ふしも形付べからずと也。
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『驢鞍橋』卷下夜話次に曰く、八万余経を説き給ふ仏の御心は、扨ても扨ても広大なることに非すや。又煩悩にも八万四千の名を付け給ふ也。其方達は煩悩に名を如何程付けめされんや。我はやつと三十計付んと思ふ也。人々我煩悩にさへ名を付け得さるに、八万余経の御工夫抔は、扨て扨て出ても出てたり。無量無辺の御心哉と也。
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『驢鞍橋』卷上壬辰霜月十一日の晩、去る寺に到る次で、大衆に対して曰く、当寺の大衆一様に志出来、目出度事也。次第に大事も起るべし。兎角此中から起るべし。是れ仏法繁昌の基也。則ち示曰、仏法の至極したる処を大義と云ふ也。義無くして修行成るべからす。今人間に生を得、殊に仏弟子と為りながら、餓鬼畜生の心にて居る事無念なりと思ひ定め、血の涙を流し、跳り上つて仏意を修せで不叶と、自ら眼をすゑ拳を握り、咦と牙を咬み給ふ。