驢鞍橋 / 卷下
此の時、諸人彌よ力を得、此の名號を申し請く、師此の前より阿彌陀の名號を申し請る者、名判を所望せしかども、終に許し給はず、然るに此の佛の證據にならば、我慥に成らんずと云つて、南無大强精進勇猛佛と書き、名判して授け給ふ。又精進軍佛、精進喜佛、我何れも知ると云て、此の二佛と左右に書き給ふも有りし也。
新字:此の時、諸人弥よ力を得、此の名号を申し請く、師此の前より阿弥陀の名号を申し請る者、名判を所望せしかども、終に許し給はず、然るに此の仏の証拠にならば、我慥に成らんずと云つて、南無大强精進勇猛仏と書き、名判して授け給ふ。又精進軍仏、精進喜仏、我何れも知ると云て、此の二仏と左右に書き給ふも有りし也。
書き下し
此の時、諸人弥よ力を得、此の名号を申し請く、師此の前より阿弥陀の名号を申し請る者、名判を所望せしかども、終に許し給はず、然るに此の仏の証拠にならば、我慥に成らんずと云つて、南無大强精進勇猛仏と書き、名判して授け給ふ。又精進軍仏、精進喜仏、我何れも知ると云て、此の二仏と左右に書き給ふも有りし也。
現代語訳
このとき、人々はいよいよ力を得て、この名号を書いてくださるよう願い出た。師は以前から、阿弥陀の名号を願い出る者が名判を所望しても、ついにお許しにならなかった。ところが、この仏の証拠となるなら、私も確かになれるだろう、と言って、南無大強精進勇猛仏と書き、名判をして授けられた。また、精進軍仏、精進喜仏も、私はどれも知っている、と言って、この二仏を左右に書かれたものもあった。
解説
阿弥陀の名号に署名を求められても決して応じなかった正三が、大強精進勇猛仏の名号には、自ら書いて署名して授けた。この仏の証人にならば確かになれる、と。自分が本当に体得し、確信を持てることにしか名を添えない。書に名を記すことを、証言として重く受け止めている。人に推薦や保証を求められたとき、自分が本当に責任を持てることにだけ名を貸す、という誠実さに通じる逸話である。
この章句が説くこと
名号署名確信責任証言勇猛精進
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