驢鞍橋 / 卷下
一日、了心庵に於て、去る僧云ふ、此の頃、丹波にて何某和尙に近里より亡者引導を賴み來る、時に和尙納所に命す。納所夜中のことなれば、六ヶ敷思ひ、少し腹立なから行て吊ひ、還て臥す。半時程しければ、彼の寺の門外さわかしく鳴渡る、納所不思議に思ひ、寮の戸少し明けて見れば、寺中、日中の如く耀き、大門より人一人びよつと入りわつわつと叫び來る見れば、先きに送りし亡者也。白帷子を着、頸にづだつを懸け、菅笠を阿彌陀にかぶり、竹杖にすかりて來る、足は鐵火筋の樣に見えたり。又跡より六尺計りのまつくろなる人、鐵棒と思ほしき物を振り上け、急に追詰で來る。彼の亡者我寮へ眞直に來り、戶のすきよりつゝと入り、どつちへ參らんやと云ふ。かれ和尙へ行けと云て戶を明くれば、方丈へ行く。納所明るを待ち、和尙に參り、前事を伸べ、御弔あれと云ふ。和尙聞き、何をかたわめを見たりと仰せ有りたると、彼の納所自ら語りけるを慥に承ると云ふ。
新字:一日、了心庵に於て、去る僧云ふ、此の頃、丹波にて何某和尚に近里より亡者引導を頼み来る、時に和尚納所に命す。納所夜中のことなれば、六ヶ敷思ひ、少し腹立なから行て吊ひ、還て臥す。半時程しければ、彼の寺の門外さわかしく鳴渡る、納所不思議に思ひ、寮の戸少し明けて見れば、寺中、日中の如く耀き、大門より人一人びよつと入りわつわつと叫び来る見れば、先きに送りし亡者也。白帷子を着、頸にづだつを懸け、菅笠を阿弥陀にかぶり、竹杖にすかりて来る、足は鉄火筋の様に見えたり。又跡より六尺計りのまつくろなる人、鉄棒と思ほしき物を振り上け、急に追詰で来る。彼の亡者我寮へ真直に来り、戸のすきよりつゝと入り、どつちへ参らんやと云ふ。かれ和尚へ行けと云て戸を明くれば、方丈へ行く。納所明るを待ち、和尚に参り、前事を伸べ、御弔あれと云ふ。和尚聞き、何をかたわめを見たりと仰せ有りたると、彼の納所自ら語りけるを慥に承ると云ふ。
書き下し
一日、了心庵に於て、去る僧云ふ、此の頃、丹波にて何某和尚に近里より亡者引導を頼み来る、時に和尚納所に命す。納所夜中のことなれば、六ヶ敷思ひ、少し腹立なから行て吊ひ、還て臥す。半時程しければ、彼の寺の門外さわかしく鳴渡る、納所不思議に思ひ、寮の戸少し明けて見れば、寺中、日中の如く耀き、大門より人一人びよつと入りわつわつと叫び来る見れば、先きに送りし亡者也。白帷子を着、頸にづだつを懸け、菅笠を阿弥陀にかぶり、竹杖にすかりて来る、足は鉄火筋の様に見えたり。又跡より六尺計りのまつくろなる人、鉄棒と思ほしき物を振り上け、急に追詰で来る。彼の亡者我寮へ真直に来り、戸のすきよりつゝと入り、どつちへ参らんやと云ふ。かれ和尚へ行けと云て戸を明くれば、方丈へ行く。納所明るを待ち、和尚に参り、前事を伸べ、御弔あれと云ふ。和尚聞き、何をかたわめを見たりと仰せ有りたると、彼の納所自ら語りけるを慥に承ると云ふ。
現代語訳
ある日、了心庵で、ある僧が言った。近ごろ丹波で、某和尚のところに、近在から亡者の引導を頼みに来ました。そのとき和尚は納所に命じました。納所は夜中のことなので面倒に思い、少し腹を立てながら行って弔い、帰って寝ました。半時ほどすると、その寺の門外が騒がしく鳴り渡りました。納所が不思議に思い、寮の戸を少し開けて見ると、寺の中が真昼のように輝き、大門から人が一人ひょいと入って、わっわっと叫んで来ます。見れば、先ほど送った亡者です。白帷子を着て、首に頭陀袋を掛け、菅笠をあみだにかぶり、竹杖にすがって来ます。足は鉄の火箸のように見えました。また後から、六尺ほどの真っ黒な人が、鉄棒と思われる物を振り上げて、急に追い詰めて来ます。その亡者は私の寮へまっすぐに来て、戸のすき間からつっと入り、どちらへ参りましょうか、と言います。納所が、和尚のところへ行け、と言って戸を開けると、方丈へ行きました。納所は夜明けを待って和尚のところに参り、前のことを述べて、お弔いください、と言いました。和尚は聞いて、何を戯けたものを見たのか、と仰せられた、と、その納所自身が語ったのを確かに承りました、と言う。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、去る僧曰く、某卵塔塲怖しき故に、機を張り立て、行き習ひ行き習ひして、機の張合の位を仕習ふ也。先つ始めは亡者をおつひしいて行き習ふ。後にも大入道を造立て、かまわず行き廻り行き廻りするに、機をきつと張懸て行けは、是れも自由に行かると云ふ。師聞て曰くおつひしいて行くは慈悲なし。夫れは悪い筋也。なぜ亡者の苦に代り、南無三曼多没駄南梵□□と助けて行き習はんずと也。僧曰く、强い機を受けは、亡者苦を免るべし。師曰く、强い機にても、我弔ひは別也。僧便ちその意を問ふ。師曰くうそうそと弔ふべし。なに音せんずとも、なにこと有らんずともうそうそ也。纔かも念を生して行かば、早や体を造ると也。
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『驢鞍橋』卷下師聞て曰く、その和尚は我も近付なるか、左様の処の悪い人也。夫れは和尚の弔ひめされで叶はぬ処也。因に衆に向て御坊主達、何と弔ひめされんずか。さあ弔ひめされんよと責め給ふ。衆擬議す。師早や成らぬずと云ふて、自らのびあがり、大手を開けつゝ倒す□勢を作して曰く、莫妄想となぜつゝ倒すまいことはと也。時に一老宿有り曰く、扨ても有難き御弔ひ哉、忽ち消え申したり。誠に彼の和尚は、何をかと早や実を授けられたりと也。師又曰く、近代の長老達、心法の心得悪き故に、幽霊を見たる抔と云ふ人多し。笑止なること也。
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『驢鞍橋』卷下何某殿語て曰く、先年吾女共死せし時、朦気して途方に暮れたり。時に正三広間の口に出て、その腐物早く持去て打捨てよと、高声に下知して寺に遣し給ふ。この声を聞くと、ふと心開けて胸安くなりたり。爰を以て思ふに、よき人の引導を受けば、必ず助るへき道理也。然るに今時引導坊主抔を択はざるは、非義なこと哉と也。
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『驢鞍橋』卷上去る処の病者霊気有りとて、弔を頼み来る。師便ち病者の位牌を書き、長水長老□に大衆に命して、下火念誦にて葬例の儀式を作す。其後師の焼香にて一時千巻の心経有り、誦し了るとわつと云つて位牌をつゝ倒し給ふ也。晩に至りて謂衆曰、逆修をも死人になして弔ひたるか能き也。死人に往いて霊気著くべからすと也。
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『驢鞍橋』卷下次に一僧曰く、此の前不三、正村抔六七人、去る和尚の所に在て坐禅の次、和尚曰く只今幽霊出ては、何れも収めんやと有りければ、正村曰く、何か収め申さではと也。和尚曰く、何と収めんや。正村曰く、幽霊出でば、其時に望んで収めんと云ふ。時に和尚座中に跳り出て、さあ我こそ幽霊よ、収めめされよと云ひ給ふ。正村ひしとつまれり。和尚曰く、あの売僧めが売僧めがと大に呵せられたりと也。
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『驢鞍橋』卷下又語て曰く、人死せは、先つ早くよき人に吊はせたきこと也。俗人になりとも、他念なく念仏を申させたし。その故は亡魂うろうろとして物に取着きたがるもの也。この時よき人に吊はせば、その儘善心に取着く筈也。悪知識に吊はせば、機忽ち悪に移るべし。はや悪に移りたる後に、善人に吊はするとも、善心移り難かるへき也。又曰く、生霊よりも、死霊は治めやすし。生霊は何としても体を持て居る間、念强くして、善機移ること遅し。死霊は体なく、中有にたゝよひ、何くへなりとも便り度思ふ間、善を修すれは、ひしとその機を得る也。