驢鞍橋 / 卷下
一日、語て曰く越前衆に何某と云ふ人有り、我物語を好く受られたり、その故は彼の朋輩衆捨身の位を問ひければ、此の人の答話に、捨身とは張合の心なり。鎗をおつ取て、つるつると懸る心、是れ捨身也。ぼうと撞込んだは、捨身の熟處也。又是れを浮ぶ心とも云ふ也。又業にも浮業、沈業有り、調子にも浮調子、沈調子有りと云つて、高砂やこの浦舟に帆上けてと歌ひ、是れ浮調子也と云はれたると云ふ也。何と能く聞きた人ではをりないか調子のことどもは、實に實に好い云ひ樣也。
新字:一日、語て曰く越前衆に何某と云ふ人有り、我物語を好く受られたり、その故は彼の朋輩衆捨身の位を問ひければ、此の人の答話に、捨身とは張合の心なり。鎗をおつ取て、つるつると懸る心、是れ捨身也。ぼうと撞込んだは、捨身の熟処也。又是れを浮ぶ心とも云ふ也。又業にも浮業、沈業有り、調子にも浮調子、沈調子有りと云つて、高砂やこの浦舟に帆上けてと歌ひ、是れ浮調子也と云はれたると云ふ也。何と能く聞きた人ではをりないか調子のことどもは、実に実に好い云ひ様也。
書き下し
一日、語て曰く越前衆に何某と云ふ人有り、我物語を好く受られたり、その故は彼の朋輩衆捨身の位を問ひければ、此の人の答話に、捨身とは張合の心なり。鎗をおつ取て、つるつると懸る心、是れ捨身也。ぼうと撞込んだは、捨身の熟処也。又是れを浮ぶ心とも云ふ也。又業にも浮業、沈業有り、調子にも浮調子、沈調子有りと云つて、高砂やこの浦舟に帆上けてと歌ひ、是れ浮調子也と云はれたると云ふ也。何と能く聞きた人ではをりないか調子のことどもは、実に実に好い云ひ様也。
現代語訳
ある日語って言われた。越前衆に某という人がいて、私の話をよく受け止められた。そのわけは、その朋輩衆が捨身の位を尋ねたところ、この人が答えて、捨身とは張り合いの心である。槍をおっ取って、つるつると懸かっていく心、これが捨身である。ぼうと突き込んだのは、捨身の熟したところである。またこれを浮かぶ心とも言うのである。また業にも浮く業と沈む業があり、調子にも浮き調子と沈み調子がある、と言って、高砂やこの浦舟に帆を上げて、と歌い、これが浮き調子だ、と言われたという。なんとよく聞いた人ではないか。調子のことなどは、まことにまことに良い言い方である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下一日、去る侍来て曰く、某無理に真実を造り起さんと致しければ、心沈で機へる故に、此比は真実仏法を打捨て、機を調子に懸りて用ひ、謡抔謡ひ、舞抔舞ふて、少し飛走り仕りければ、不図機勇ましく成り、抜けぬ位を覚え候と云ふ。師見て曰く、扨ても能きこと哉、誠に見懸迄軽くなりめされたり、も早や捨身の位を守るべしと也。折節尾州大野船頭両人来り其坐にあり、師便ち彼等に向て曰く、其方達も此の機を受けすして叶はず。此の機だに得ば、何たる大難悪風に逢ふても、少しも動せずして自由自在に乗り得る物也。皆抜けて居るに仍て、加様の時あわてゝ、むだ死にして苦海に沈む者也。
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『驢鞍橋』卷下彼人曰く、法の為めに身を捨る上は、何事にかいきあたるべし。師曰く、めたと身を捨るを仏法とは云はす、夫れが成仏ならば、人を頼で頭を切りめされんや。又堀川にも飛込み死するを成仏と云はんや。身を捨つと云ふは、執着を離るゝこと也。執着の機だに離れば、身は有つても碍なし。然ればとて身をうまする事にもあらず。又ゆゑなく身を使ひくつめ、病者に成つてもならぬこと也。その上おつきるを、身を捨つと思はるゝか。おつきるは、却で身の為めに楽を求むると云ふ物也。後世を願ふも、我身の為めに願はずや。身を捨るならば、何で今の奉公を勤めさる、いやなことを作すこそ、身を捨るなれ。殊に修行と云ふは、强き心を以て修することなる間、出家よりは侍よき也。その故は先つ□主を持て機に油断し、常に大小をさし働かし、すわと云はばと云ふ機自ら備はる也。此の機にてさへ用ゐられす、況や出家に成り、機たらりとなつて、何の用に立たんや。
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『驢鞍橋』卷下我もえ受けぬ人には、謡を以て授けんずよと云つて、不図八島のきりを打上て歌ひ給ふ。その座に去る俗士有り、ひしと其機移り、心じりじりと勇しく成り、二三日か間、づんと機强く成て、一切に負けす、起居はづみて有り。師後に之を聞て曰く、慥に勇猛心移りたる也。尤も頓てさめぬべし。常住此の機に成ることは、大に功を尽さずんば有るべからずと也。
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『驢鞍橋』卷下何某殿語て曰く、先年吾女共死せし時、朦気して途方に暮れたり。時に正三広間の口に出て、その腐物早く持去て打捨てよと、高声に下知して寺に遣し給ふ。この声を聞くと、ふと心開けて胸安くなりたり。爰を以て思ふに、よき人の引導を受けば、必ず助るへき道理也。然るに今時引導坊主抔を択はざるは、非義なこと哉と也。
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『驢鞍橋』卷下己の五月廿八日の暁曰く、御坊主達もきつと弓を張りたるか如く、張合の心出るや、扨て又痛い痒いと、一切に付ていやな体哉と、きつと境界と張合て居る心有るやと也。去る者、何某病気なるが、一定死に窮て居ると語る。師聞て曰く、扨ても强者哉、是れ貴き人也。老病究りても、心しに切れぬ物也。
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『驢鞍橋』卷上一日人来り曰く、我死せは其儘袋に入れて焼くへしと常々申付くる也。師聞て曰く、昔異国に世に知られたる兵有り、彼其方の如く遺言して其儘死骸を埋めしめたり。時の人是れを死ぬる事は得たれ共、からたを捨つる事を得すと、詩に迄作りて批判せし事有り。然る間其方も只捨てらるへし、願くは犬鳥に喰はせたるも好き也。