驢鞍橋 / 卷下
時に一女曰く、誠に餘所の地獄まて取り來ること、我らが病也。如何が用心仕るべきや。師曰く、前より云ふ處の念佛、皆此の用心也。乍去道理を以て云ふべし。喩へば其方道を通らんに、死人が何す腐て有らんを、其方に取て行けと云へば、取らんや。女曰く、扨てもいやなこと哉、取り得べからす。師曰く、夫れならば人の心の惡しきをも取るべからず。人の心の惡しきは、心が腐つて居る也。此の腐物をも嫌ひめされよと也。
新字:時に一女曰く、誠に余所の地獄まて取り来ること、我らが病也。如何が用心仕るべきや。師曰く、前より云ふ処の念仏、皆此の用心也。乍去道理を以て云ふべし。喩へば其方道を通らんに、死人が何す腐て有らんを、其方に取て行けと云へば、取らんや。女曰く、扨てもいやなこと哉、取り得べからす。師曰く、夫れならば人の心の悪しきをも取るべからず。人の心の悪しきは、心が腐つて居る也。此の腐物をも嫌ひめされよと也。
書き下し
時に一女曰く、誠に余所の地獄まて取り来ること、我らが病也。如何が用心仕るべきや。師曰く、前より云ふ処の念仏、皆此の用心也。乍去道理を以て云ふべし。喩へば其方道を通らんに、死人が何す腐て有らんを、其方に取て行けと云へば、取らんや。女曰く、扨てもいやなこと哉、取り得べからす。師曰く、夫れならば人の心の悪しきをも取るべからず。人の心の悪しきは、心が腐つて居る也。此の腐物をも嫌ひめされよと也。
現代語訳
そのとき一人の女性が言った。まことに、よその地獄まで取ってくることは、私たちの病です。どのように用心すればよいでしょうか。師は言われた。前から言っている念仏は、みなこの用心である。けれども道理で言おう。たとえば、あなたが道を通るとき、死人が腐っているのを、あなたに取って行けと言ったら、取るか。女性は言った。さても嫌なことですね、取れません。師は言われた。それならば、人の心の悪いところも取ってはならない。人の心の悪いのは、心が腐っているのである。この腐ったものも嫌いなさい、と。
解説

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