驢鞍橋 / 卷下
一日、去る人に示して曰く、修行の心合と云ふではないが、平生の機の用ひ樣を敎へんと云つて示して曰く、何事を作さんと思ふとも、思ひ立つとその儘分別なしに作したるが好き也。後に抔と思ふも惡し。又餘所へ行かしと思ふにも如是すべし。機の發すると其儘ふと出て行くべし。後にと思ふべからず。縱ひ雨降り雪降るとも、面白い雪哉、童の時分は、雪遊びせしものをと思ひ出つべし。萬事如是無分別に仕習へば、殊外心の輕く成る物也。
新字:一日、去る人に示して曰く、修行の心合と云ふではないが、平生の機の用ひ様を教へんと云つて示して曰く、何事を作さんと思ふとも、思ひ立つとその儘分別なしに作したるが好き也。後に抔と思ふも悪し。又余所へ行かしと思ふにも如是すべし。機の発すると其儘ふと出て行くべし。後にと思ふべからず。縦ひ雨降り雪降るとも、面白い雪哉、童の時分は、雪遊びせしものをと思ひ出つべし。万事如是無分別に仕習へば、殊外心の軽く成る物也。
書き下し
一日、去る人に示して曰く、修行の心合と云ふではないが、平生の機の用ひ様を教へんと云つて示して曰く、何事を作さんと思ふとも、思ひ立つとその儘分別なしに作したるが好き也。後に抔と思ふも悪し。又余所へ行かしと思ふにも如是すべし。機の発すると其儘ふと出て行くべし。後にと思ふべからず。縦ひ雨降り雪降るとも、面白い雪哉、童の時分は、雪遊びせしものをと思ひ出つべし。万事如是無分別に仕習へば、殊外心の軽く成る物也。
現代語訳
ある日、ある人に示して言われた。修行の心合いというのではないが、平生の気迫の用い方を教えよう、と言って示された。何事をしようと思っても、思い立ったらそのまま分別なしにするのがよい。後で、などと思うのも悪い。またよそへ行こうと思うにも、このようにしなさい。気迫が発したら、そのままふと出て行くがよい。後で、と思ってはならない。たとえ雨が降り雪が降っても、面白い雪だな、子どものころは雪遊びをしたものだ、と思い出しなさい。万事このように無分別に習えば、ことのほか心が軽くなるものである。
解説
この章句が説くこと
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