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驢鞍橋 / 卷下

師一日、去る處に至り給ふ時に、その家の老母七十に及ふ人有り、後世の用心を問ふ。示めして曰く、も早や先きも無き程に、習ふこともなく云ふこともないず、今死ぬ□、物言ふな物言ふなと用ゆべきと也。又其後彼に至り給ふに、老尼の曰く、此の頃、痢病を煩ひ、死に相究まりしが、もはや今程は快くなり候也。御影にて躰は煩へとも、心は煩はすと云ふことを存したりと語る也。師還り衆に前事を語て曰く、眞實深き樣に用ゆる人は多きか、是れは流か違ふた常住死て居る也。

新字:師一日、去る処に至り給ふ時に、その家の老母七十に及ふ人有り、後世の用心を問ふ。示めして曰く、も早や先きも無き程に、習ふこともなく云ふこともないず、今死ぬ□、物言ふな物言ふなと用ゆべきと也。又其後彼に至り給ふに、老尼の曰く、此の頃、痢病を煩ひ、死に相究まりしが、もはや今程は快くなり候也。御影にて体は煩へとも、心は煩はすと云ふことを存したりと語る也。師還り衆に前事を語て曰く、真実深き様に用ゆる人は多きか、是れは流か違ふた常住死て居る也。

書き下し

師一日、去る処に至り給ふ時に、その家の老母七十に及ふ人有り、後世の用心を問ふ。示めして曰く、も早や先きも無き程に、習ふこともなく云ふこともないず、今死ぬ□、物言ふな物言ふなと用ゆべきと也。又其後彼に至り給ふに、老尼の曰く、此の頃、痢病を煩ひ、死に相究まりしが、もはや今程は快くなり候也。御影にて体は煩へとも、心は煩はすと云ふことを存したりと語る也。師還り衆に前事を語て曰く、真実深き様に用ゆる人は多きか、是れは流か違ふた常住死て居る也。

現代語訳

師がある日、ある家に行かれたとき、その家に七十になる老母がいて、後世の心得を尋ねた。示して言われた。もう先もないほどだから、習うこともなく、言うこともない。今死ぬ□、物言うな、物言うな、と用いなさい、と。その後またそこへ行かれると、老尼が言った。近ごろ痢病を患って、死ぬに決まったと思いましたが、もう今はよくなりました。おかげで、体は患っても心は患わない、ということを知りました、と語った。師は帰って、衆に前のことを語って言われた。真実深いように用いる人は多いが、これは流儀が違って、常住死んでいるのである、と。

解説

七十になる老母に、正三は、もう先は長くないのだから、習うことも言うこともない、今死ぬ、ものを言うな、とだけ心得よ、と教える。後に老母は重い病を患って死を覚悟したが回復し、体は病んでも心は病まないことを知った、と語った。正三は、本気らしく修行する人は多いが、この人は流儀が違い、いつも死んでいる、と感心する。高齢で難しいことを学べない人にも、一言の教えで深い安らぎに至る道がある。

この章句が説くこと

老母一言心は病まず死を覚悟高齢

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