古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

驢鞍橋 / 卷下

一日、語て曰く、言句に叶ひたると自性に叶ひたるとは各別也。何れも少し徹して覺えたり。喩へは諸行無常の意に徹すれは、事々に諸行無常の文先きに出る位あり。扨て又自性に叶ひたるは、無し無し無しで無体也。大に差別有りと也。

新字:一日、語て曰く、言句に叶ひたると自性に叶ひたるとは各別也。何れも少し徹して覚えたり。喩へは諸行無常の意に徹すれは、事々に諸行無常の文先きに出る位あり。扨て又自性に叶ひたるは、無し無し無しで無体也。大に差別有りと也。

書き下し

一日、語て曰く、言句に叶ひたると自性に叶ひたるとは各別也。何れも少し徹して覚えたり。喩へは諸行無常の意に徹すれは、事々に諸行無常の文先きに出る位あり。扨て又自性に叶ひたるは、無し無し無しで無体也。大に差別有りと也。

現代語訳

ある日語って言われた。言句にかなったのと、自性にかなったのとは、まったく別である。誰でも少し徹して覚えたことがある。たとえば、諸行無常の意に徹すると、事々に諸行無常の文が先に出てくる位がある。さてまた、自性にかなったのは、無し無し無しで、形がないのである。大きな違いがある、と。

解説

言葉にかなうことと、自分の本性にかなうこととは、まったく別だ、と正三は言う。諸行無常を深く理解すると、何を見ても諸行無常という言葉が先に浮かぶようになる。これは言葉にかなった段階である。本性にかなうと、言葉さえ浮かばず、ただ無し無しで形がない、と。何を見ても学んだ言葉で解釈してしまうのは、まだ言葉にとらわれている証拠だ、という指摘は、知識を身につけた人ほど心に留めたい区別である。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

言句自性諸行無常言葉のとらわれ体得区別

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る