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驢鞍橋 / 卷下

一日曰く、今時語錄等を講釋する人、一字をも讀損するは大きなる耻也。其故は、我心を讀出して人に聞かすること也。はや一言で知るゝ者也。習ひことの間は、皆誦損ひ多かるべしと也。

新字:一日曰く、今時語録等を講釈する人、一字をも読損するは大きなる耻也。其故は、我心を読出して人に聞かすること也。はや一言で知るゝ者也。習ひことの間は、皆誦損ひ多かるべしと也。

書き下し

一日曰く、今時語録等を講釈する人、一字をも読損するは大きなる耻也。其故は、我心を読出して人に聞かすること也。はや一言で知るゝ者也。習ひことの間は、皆誦損ひ多かるべしと也。

現代語訳

ある日言われた。今どき語録などを講釈する人が、一字でも読み損じるのは大きな恥である。そのわけは、自分の心を読み出して人に聞かせることだからである。一言で、もう分かってしまうものである。習い事の間は、みな読み損じが多いものだろう、と。

解説

語録を講義する人が一字でも読み誤るのは大きな恥だ、と正三は言う。講義とは、文字を読むことではなく、自分の心を読み出して人に聞かせることだから、一言で理解の浅さが分かってしまう、と。借り物の知識で話している間は、必ずどこかで読み誤る。人前で教える立場の人にとって、話す言葉が自分の体得したものかどうかは、聞き手に一言で見抜かれる、という厳しい指摘である。

この章句が説くこと

講釈体得借り物教える語録

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