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驢鞍橋 / 卷下

夜話の次に曰く、我若き時より、總而言句を持たざる性也。今に佛法を持たす。尤も世事のことは、名聞を始め、胸中一物もなし。是に仍て人に逢ふても話すべきことなし。只によんとして、居る計也。人持ち來れば、應對事欠かす、我身より工み出して云ふべきことを持たす。乍去佛法のすべを直し度思ふと、人を能く成し度と思ふ念は强く有る也。此の外には他事なしと也。

新字:夜話の次に曰く、我若き時より、総而言句を持たざる性也。今に仏法を持たす。尤も世事のことは、名聞を始め、胸中一物もなし。是に仍て人に逢ふても話すべきことなし。只によんとして、居る計也。人持ち来れば、応対事欠かす、我身より工み出して云ふべきことを持たす。乍去仏法のすべを直し度思ふと、人を能く成し度と思ふ念は强く有る也。此の外には他事なしと也。

書き下し

夜話の次に曰く、我若き時より、総而言句を持たざる性也。今に仏法を持たす。尤も世事のことは、名聞を始め、胸中一物もなし。是に仍て人に逢ふても話すべきことなし。只によんとして、居る計也。人持ち来れば、応対事欠かす、我身より工み出して云ふべきことを持たす。乍去仏法のすべを直し度思ふと、人を能く成し度と思ふ念は强く有る也。此の外には他事なしと也。

現代語訳

夜話のついでに言われた。私は若いときから、おおよそ言句を持たない性分である。今も仏法を持たない。もちろん世事のことは、名聞をはじめ、胸の中に一物もない。これによって、人に会っても話すべきことがない。ただぽつんとしているばかりである。人が話を持ってくれば、応対に事欠かないが、自分から工夫して言うべきことを持たない。けれども、仏法のやり方を直したいと思うのと、人を良くしたいと思う念は、強くある。このほかには他事はない、と。

解説

自分は若い頃から言葉や教義を胸に持たない性分で、世の名誉への関心もないから、人に会っても自分から話すことがない、と正三は言う。問われれば答えるが、自分から用意して語ることはない。ただ、仏法の在り方を正したい、人を良くしたい、という思いだけは強くある、それ以外に何もない、と。饒舌な知識人ではなく、ただ二つの強い願いだけを持って生きる人の、飾らない自画像である。

この章句が説くこと

願い利他自画像無一物名聞晩年

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