驢鞍橋 / 卷下
夜話の次、師問衆、何れも學文は詮無きことに思はるゝと見えたり。乍去その志は、先つ物知りと云はれ度もなし。又大地の住持役せんずでもなし又是に仍て成佛せんでもなし。只念佛申して菩提を勤めたるか、增しと思ふ計なるべし。但し又別の思はく有る人も有りや。時に一僧曰く、文字言句は道理に落ちて、胸中塞る間、萬劫千生、胸の開ると云ふことあるべからずと存ず。又一僧曰く、佛法を餘所に習ひ事に仕りし機、病と成る故に、今御敎を承れとも、何としても餘所佛法に成り、十分に聞得ぬ位有り、習ひ事の病と成ること慥に覺えて、いやに候也。
新字:夜話の次、師問衆、何れも学文は詮無きことに思はるゝと見えたり。乍去その志は、先つ物知りと云はれ度もなし。又大地の住持役せんずでもなし又是に仍て成仏せんでもなし。只念仏申して菩提を勤めたるか、增しと思ふ計なるべし。但し又別の思はく有る人も有りや。時に一僧曰く、文字言句は道理に落ちて、胸中塞る間、万劫千生、胸の開ると云ふことあるべからずと存ず。又一僧曰く、仏法を余所に習ひ事に仕りし機、病と成る故に、今御教を承れとも、何としても余所仏法に成り、十分に聞得ぬ位有り、習ひ事の病と成ること慥に覚えて、いやに候也。
書き下し
夜話の次、師問衆、何れも学文は詮無きことに思はるゝと見えたり。乍去その志は、先つ物知りと云はれ度もなし。又大地の住持役せんずでもなし又是に仍て成仏せんでもなし。只念仏申して菩提を勤めたるか、增しと思ふ計なるべし。但し又別の思はく有る人も有りや。時に一僧曰く、文字言句は道理に落ちて、胸中塞る間、万劫千生、胸の開ると云ふことあるべからずと存ず。又一僧曰く、仏法を余所に習ひ事に仕りし機、病と成る故に、今御教を承れとも、何としても余所仏法に成り、十分に聞得ぬ位有り、習ひ事の病と成ること慥に覚えて、いやに候也。
現代語訳
夜話のついでに、師は衆に尋ねられた。誰も学問は甲斐のないことに思われているようだ。とはいえ、その志は、まず物知りと言われたいのでもない。また大寺の住職役をしたいのでもない。またこれによって成仏しようというのでもない。ただ念仏を申して菩提を勤めたほうがましだと思うばかりであろう。ただし、また別の考えのある人もいるか。そのとき一人の僧が言った。文字や言句は道理に落ちて、胸の中が塞がるので、万劫千生、胸が開くということはないだろうと存じます。また一人の僧が言った。仏法をよそ事の習い事にしてきた気迫が病となっているので、今お教えを承っても、どうしてもよそ事の仏法になり、十分に聞き得ない位があります。習い事が病となっていることを確かに覚えて、嫌でございます、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『正法眼蔵随聞記』巻二其れをもの知らぬはわるしと、人も思ひ、愚人と自らも覚ゆる事を傷んで、ものを知らんとて、博く内外典を学し、剰さへ世間世俗の事をも知らんと思ふて、諸事を好み学し、あるひは人にも知りたる由をもてなすは、究めて僻事なり、学道のため真実に無用なり、知りたるを知らざる気色するもむつかしくやうがましければ、却てあたる気色にてあしきなり、本とより知らざらんは苦るしからざることなり、
-
『墨子』貴義子墨子曰く、今、瞽、「鉅なる者は白なり、黔なる者は黒なり」と曰う。眀目なる者と雖も以て之を易うる無し。白黒を兼ねて、瞽をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、瞽の白黒を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、其の取るを以てするなり。今、天下の君子の仁を名づくるや、禹湯と雖も以て之を易うる無し。仁と不仁とを兼ねて、天下の君子をして焉を取らしむれば、知る能わざるなり。故に我れ曰く、天下の君子の仁を知らざるは、其の名を以てするに非ざるなり、亦た其の取るを以てするなり。
-
論語・為政篇子曰く、由よ、女(なんじ)に之を知るを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。
-
論語・子路篇子曰く、詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして達せず。四方に使いして、専対する能わず。多しと雖も、亦た奚を以て為さん。
-
『墨子』經說下指す有り。子、是を智り、是れ吾が先に舉ぐる所を智る有るは、重なり。則ち子、是を智れども、吾が先に舉ぐる所を智らざるは、是れ一なり。智る有り、智らざる有りと謂うなり。若し之を智らば、則ち當に之を指して智るを我に告ぐべし。則ち我れ之を智る。兼ねて之を指すは二を以てなり。衡して之を指すは、參えて之を直くするなり。若し曰く、必ず獨り吾が舉ぐる所を指し、吾が舉げざる所を舉ぐること毋かれと。則ち者は固より獨り指す能わず、相わんと欲する所、傳わらず。意うに若し未だ校せずして、且つ其の智る所は是なり、智らざる所も是なりとせば、則ち是れ是の智らざるを智るなり。惡くんぞ一と為すを得ん。謂いて智る有り、智らざる有るなり。所。智るなり、其の執、固より指す可からざるなり。逃臣は、其の處を智らず。狗犬は、其の名を智らざるなり。遺れたる者は、巧なるも兩つながらする能わざるなり。
-
『呻吟語』内篇・存心・知識は、帝則の賊なり知識は、帝則の賊なり。惟だ知識を忘れて以て帝則に任ず、此れを天真と謂ひ、此れを自然と謂ふ。一たび念を著くれば便ち乖違し、愈〻念を著くれば愈〻乖違す。乍ち見るの心一刻歇息すれば、別に是れ一個の光景なり。