驢鞍橋 / 卷下
夜話の次、師問衆、何れも心相替ることなしや。一僧曰く、心相替ること候はず。此の春より耳少し改り、此の前より承る御物語をも、新に耳に入る樣に覺え候也。其故か濟まぬは濟まんにして、胸ぎりに仕る位有りといふ。師聞て曰く、先つ是れ好き事也
新字:夜話の次、師問衆、何れも心相替ることなしや。一僧曰く、心相替ること候はず。此の春より耳少し改り、此の前より承る御物語をも、新に耳に入る様に覚え候也。其故か済まぬは済まんにして、胸ぎりに仕る位有りといふ。師聞て曰く、先つ是れ好き事也
書き下し
夜話の次、師問衆、何れも心相替ることなしや。一僧曰く、心相替ること候はず。此の春より耳少し改り、此の前より承る御物語をも、新に耳に入る様に覚え候也。其故か済まぬは済まんにして、胸ぎりに仕る位有りといふ。師聞て曰く、先つ是れ好き事也
現代語訳
夜話のついでに、師は衆に尋ねられた。誰も、心に変わったことはないか。一人の僧が言った。心に変わったことはございません。この春から耳が少し改まり、以前から承っているお話も、新しく耳に入るように覚えます。そのためか、腑に落ちないことは腑に落ちないままにして、胸にしまっておく位があります、と言う。師は聞いて言われた。まず、これは良いことだ、と。
解説
何度も聞いてきた師の話が、この春から新しく耳に入るようになった、分からないことは分からないまま胸にしまっておける、という僧に、正三は、それは良いことだ、と認める。同じ話が新鮮に聞こえるのは、聞く側の心が変わった証である。そして、分からないことを無理に分かったことにせず、問いとして胸に抱えておけるのは、成熟の一歩である。すぐに答えを求めず、問いを保つ力の大切さを示す短い条である。
この章句が説くこと
聞く力問いを保つ成熟新鮮変化腑に落ちる
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、師問衆、何れも学文は詮無きことに思はるゝと見えたり。乍去その志は、先つ物知りと云はれ度もなし。又大地の住持役せんずでもなし又是に仍て成仏せんでもなし。只念仏申して菩提を勤めたるか、增しと思ふ計なるべし。但し又別の思はく有る人も有りや。時に一僧曰く、文字言句は道理に落ちて、胸中塞る間、万劫千生、胸の開ると云ふことあるべからずと存ず。又一僧曰く、仏法を余所に習ひ事に仕りし機、病と成る故に、今御教を承れとも、何としても余所仏法に成り、十分に聞得ぬ位有り、習ひ事の病と成ること慥に覚えて、いやに候也。
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『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、初心の者は思ふ処には離れ離れて、心を時々に改め行くが好き也。何としても覚えずそこそこに落ちて居る物と也。
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『驢鞍橋』卷下去る暁衆に向て曰く、何も暁は憂い機迫るなり。又平生といきをつく機ありや。又牙ぎしりを咬む位有りや。此の機を用ゆる者なきこと是非なきこと也。御坊主達に移らさるは道理也。随分武士を立つる人うつかと聞て居る人多し。然るに何某奥抔の女人の身にて一年二年の中聞き、早や大事起りたる抔は不思議のことに非すや。我も年久うしてこそ大事は起りたる也。
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『驢鞍橋』卷下同十八日、去る俗士来り、某今迄終に仏法承らす、油断者也と云つて法要を問ふ。師曰く、何くにても聞きめされぬか仕合也。若し聞きめされたらば、疾く悟て隙を明けめさるべし。総而聞きて合点して置くことに非す。只修し行して、少し宛も心の垢を抜くこと也。暗心も明く成り、弱心も强く成る様に修すること、先つ大すべを心得めされよと也。
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、一僧曰く、諸方より長老、平僧、道心者幾人と云ふこともなく来れども聞届けず、皆頓て帰るは如何なる義なりや。一僧曰く、我法に合はぬと思ひ、又は一つこと替ることなしと思て帰るなるべし。師聞て曰く、どれも云ふこともなし、皆我立に正三か処に来る也。然れとも正三か処ては、我か立てられぬに仍て皆帰る也。
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『驢鞍橋』卷上一日謂衆曰く、其方達此前に合せては、世間を分別する事如何程薄く成りたるや、誠に目出度善根を持ち来れり。乍去如何程使ひ得んや、心元なしと也。