驢鞍橋 / 卷下
因に語て曰く、此の前、萬安和尙貴雲寺に住の時、大酒なるを我異見して御止あれと云ひければ、和尙曰く、自らもいやに思へとも人許さぬ也。我檀那一人こそはつれんず、無理に强ゐば、膳を踢立て立給へと云へば、和尙大に肯ひ、去る時右の如く振舞て、ひしと下戶に成りめされたり。結句檀那も馳走して、一人もはづれず。總而修行者は、用にもないことを樂まぬ者也。况して怨と成る惡事等は、づんと止むべしと也。
新字:因に語て曰く、此の前、万安和尚貴雲寺に住の時、大酒なるを我異見して御止あれと云ひければ、和尚曰く、自らもいやに思へとも人許さぬ也。我檀那一人こそはつれんず、無理に強ゐば、膳を踢立て立給へと云へば、和尚大に肯ひ、去る時右の如く振舞て、ひしと下戸に成りめされたり。結句檀那も馳走して、一人もはづれず。総而修行者は、用にもないことを楽まぬ者也。況して怨と成る悪事等は、づんと止むべしと也。
書き下し
因に語て曰く、此の前、万安和尚貴雲寺に住の時、大酒なるを我異見して御止あれと云ひければ、和尚曰く、自らもいやに思へとも人許さぬ也。我檀那一人こそはつれんず、無理に强ゐば、膳を踢立て立給へと云へば、和尚大に肯ひ、去る時右の如く振舞て、ひしと下戸に成りめされたり。結句檀那も馳走して、一人もはづれず。総而修行者は、用にもないことを楽まぬ者也。況して怨と成る悪事等は、づんと止むべしと也。
現代語訳
ついでに語って言われた。以前、万安和尚が貴雲寺に住んでおられたとき、大酒飲みだったので、私が意見して、お止めなさい、と言ったところ、和尚は言われた。自分でも嫌だと思うけれども、人が許さないのだ。私は言った。檀那の一人くらいは外れるでしょう。無理に強いられたら、膳を蹴立てて立ちなさい。和尚は大いに納得し、あるときそのとおりに振る舞って、きっぱりと下戸になられた。かえって檀那も馳走をして、一人も離れなかった。おおよそ修行者は、用にもないことを楽しまないものである。まして怨となる悪事などは、すっぱりと止めるべきである、と。
解説

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