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驢鞍橋 / 卷下

一日示して曰く、中古の敎の位にては、何としても有相執者の念離れかたかるへし。直に生死を離る機を移さず、只道理を以て自由に成る樣に計り敎へ來れり。香嚴和尙の人の樹に上るが如んば、口に樹枝を含み、手に枝を攀ちず、足樹を蹈まず、樹下に人有て西來意を問はんに、答へずんば他の所問に背く、對へば又喪身失命せん。作麼生か對へんと接し給ふ抔も、强き敎に非す、是は喪身失命を恐れしむる道理也。我云はば、直に千尺樹上より撲落して、自由に死し得る底有りや有りやと責むべき也。又虎頭上座が某甲未た樹に上らずと云ふたも、好き働きなれども、我ならば、爰も某喪身失命を去けすと道ふべしと也

新字:一日示して曰く、中古の教の位にては、何としても有相執者の念離れかたかるへし。直に生死を離る機を移さず、只道理を以て自由に成る様に計り教へ来れり。香厳和尚の人の樹に上るが如んば、口に樹枝を含み、手に枝を攀ちず、足樹を蹈まず、樹下に人有て西来意を問はんに、答へずんば他の所問に背く、対へば又喪身失命せん。作麼生か対へんと接し給ふ抔も、强き教に非す、是は喪身失命を恐れしむる道理也。我云はば、直に千尺樹上より撲落して、自由に死し得る底有りや有りやと責むべき也。又虎頭上座が某甲未た樹に上らずと云ふたも、好き働きなれども、我ならば、爰も某喪身失命を去けすと道ふべしと也

書き下し

一日示して曰く、中古の教の位にては、何としても有相執者の念離れかたかるへし。直に生死を離る機を移さず、只道理を以て自由に成る様に計り教へ来れり。香厳和尚の人の樹に上るが如んば、口に樹枝を含み、手に枝を攀ちず、足樹を蹈まず、樹下に人有て西来意を問はんに、答へずんば他の所問に背く、対へば又喪身失命せん。作麼生か対へんと接し給ふ抔も、强き教に非す、是は喪身失命を恐れしむる道理也。我云はば、直に千尺樹上より撲落して、自由に死し得る底有りや有りやと責むべき也。又虎頭上座が某甲未た樹に上らずと云ふたも、好き働きなれども、我ならば、爰も某喪身失命を去けすと道ふべしと也

現代語訳

ある日示して言われた。中古の教えの位では、どうしても形にとらわれる念が離れがたいだろう。直接に生死を離れる気迫を移さず、ただ道理によって自由になるようにばかり教えてきた。香厳和尚が、人が木に登って、口に枝をくわえ、手は枝をつかまず、足は木を踏まず、木の下に人がいて達磨が西から来た意味を問うたら、答えなければ相手の問いに背き、答えれば命を失う、さてどう答えるか、と導かれたのなども、強い教えではない。これは命を失うことを恐れさせる道理である。私が言うなら、直に千尺の木の上から落ちて、自由に死ねるものがいるか、いるか、と責めるべきである。また虎頭上座が、私はまだ木に登っていない、と言ったのも、良い働きではあるが、私なら、ここでも私は命を失うことを避けない、と言うべきである、と。

解説

香厳の樹上の公案は、枝を口でくわえて木にぶら下がる者が、問いに答えれば落ちて死ぬ、答えなければ問いに背く、というジレンマを示す。正三は、これは命を失う恐れを利用した道理にすぎず、強い教えではない、と言う。自分なら、千尺の木から落ちて自由に死ねる者はいるか、と責める、と。まだ木に登っていないとかわした虎頭上座の答えにも、命を捨てることを避けないと答えるべきだ、と。巧みにかわすより、正面から覚悟を示せという、正三らしい公案の読み替えである。

この章句が説くこと

香厳上樹公案覚悟読み替え正面

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