驢鞍橋 / 卷下
已の五月十八日、去る國の侍來て曰く、今時日本の佛法區區にて一筋ならず、是れ何の道理なりや。師曰く、皆すべが乘らぬによつて、人々佛法也。扨て其方達も日夜勢を出さるゝが、何の爲めに修行はめさるゝぞと人間は、一口に答へめされんずか。さあ答へめされよ。彼人思惟せんとす。師抑て曰く、早や謂つてもそでは無いぞ、平生その筋を胸に乘せ居ざる間、言はれぬ也。我ならば云ふべし、臆病にして只死ぬことがいやなによつて修する也と只一口に云ふべき也。又曰く、我常に是計を云ふ也。其の上德用、草分にも不生不滅の心に至ることを書く。然れとも是を常に守る機なきに仍て云はれさる也。皆我法を聞きなから、餘の法語々錄を誦み覺え、樣々擬作量餘所の金議ばかりして、我法を聞き得たる人一人もなし。各各は佛法好也。我は佛法を知らず、只死なぬ身と成ること一つを勤む計也。
新字:已の五月十八日、去る国の侍来て曰く、今時日本の仏法区区にて一筋ならず、是れ何の道理なりや。師曰く、皆すべが乗らぬによつて、人々仏法也。扨て其方達も日夜勢を出さるゝが、何の為めに修行はめさるゝぞと人間は、一口に答へめされんずか。さあ答へめされよ。彼人思惟せんとす。師抑て曰く、早や謂つてもそでは無いぞ、平生その筋を胸に乗せ居ざる間、言はれぬ也。我ならば云ふべし、臆病にして只死ぬことがいやなによつて修する也と只一口に云ふべき也。又曰く、我常に是計を云ふ也。其の上徳用、草分にも不生不滅の心に至ることを書く。然れとも是を常に守る機なきに仍て云はれさる也。皆我法を聞きなから、余の法語々録を誦み覚え、様々擬作量余所の金議ばかりして、我法を聞き得たる人一人もなし。各各は仏法好也。我は仏法を知らず、只死なぬ身と成ること一つを勤む計也。
書き下し
已の五月十八日、去る国の侍来て曰く、今時日本の仏法区区にて一筋ならず、是れ何の道理なりや。師曰く、皆すべが乗らぬによつて、人々仏法也。扨て其方達も日夜勢を出さるゝが、何の為めに修行はめさるゝぞと人間は、一口に答へめされんずか。さあ答へめされよ。彼人思惟せんとす。師抑て曰く、早や謂つてもそでは無いぞ、平生その筋を胸に乗せ居ざる間、言はれぬ也。我ならば云ふべし、臆病にして只死ぬことがいやなによつて修する也と只一口に云ふべき也。又曰く、我常に是計を云ふ也。其の上徳用、草分にも不生不滅の心に至ることを書く。然れとも是を常に守る機なきに仍て云はれさる也。皆我法を聞きなから、余の法語々録を誦み覚え、様々擬作量余所の金議ばかりして、我法を聞き得たる人一人もなし。各各は仏法好也。我は仏法を知らず、只死なぬ身と成ること一つを勤む計也。
現代語訳
巳の年五月十八日、ある国の侍が来て言った。今の日本の仏法はまちまちで一筋ではありません。これはどういう道理でしょうか。師は言われた。みなやり方が乗っていないから、人それぞれの仏法なのである。さて、あなたたちも日夜精を出されているが、何のために修行をされるのか、と人に聞かれたら、一口で答えられるか。さあ答えなさい。その人は考えようとした。師は抑えて言われた。もう言っても、そうではないぞ。日頃その筋を胸に乗せていないから、言えないのだ。私なら言うだろう。臆病で、ただ死ぬのが嫌だから修めるのだ、とただ一口で言うべきである。また言われた。私はいつもこればかりを言っている。そのうえ『万民徳用』や『草分』にも、不生不滅の心に至ることを書いた。けれども、これを常に守る気迫がないので、言えないのである。みな私の法を聞きながら、他の法語や語録を読み覚え、さまざまに推量して、よその詮議ばかりして、私の法を聞き得た人は一人もいない。みな仏法好きである。私は仏法を知らない。ただ死なない身となること一つを勤めているばかりである。
解説

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