孟子 / 盡心章句下
高子曰、禹之聲、尚文王之聲。孟子曰、何以言之。曰、以追蠡。曰、是奚足哉。城門之軌、兩馬之力與。
新字:高子曰、禹之声、尚文王之声。孟子曰、何以言之。曰、以追蠡。曰、是奚足哉。城門之軌、両馬之力与。
書き下し
高子曰く、「禹の聲は、文王の聲より尚し。」孟子曰く、「何を以て之を言う。」曰く、「追(タイ)の蠡(レイ)せるを以てなり。」曰く、「是れ奚ぞ足らんや。城門の軌は、兩馬の力ならんや。」
現代語訳
嘗ての弟子であった高子が言った。 「禹の音楽は、文王の音楽より勝っていると思います。」 孟子は言った。 「どのような理由でそういうことを言うのか。」 「禹の鐘のほうが、取っ手がよりすり減っていることからして、禹の音楽の方が優れているから、その鐘を多く使ったという証拠でしょう。」 「そんなものは大した証拠にはならない。城門のところにあるわだちの跡は、一台や二台の車によるものではない。長い年月にわたって通行した車によるものである。禹の鐘も同じことで、優劣で無く年月の差なのだ。」
解説
物事の表面的な現象だけを捉えて、安易に優劣や価値を判断してしまうのは危険です。道具の消耗具合が使用年月の長さを表すだけで音楽の質の高さを証明するものではないように、目に見える結果には別の要因が隠れていることがよくあります。現代のビジネスや情報社会においても、一部のデータや現象だけを見て全体を判断するのではなく、その背後にある本当の理由や本質的な価値を慎重に見極める冷静な目を持つことが重要です。
この章句が説くこと
本質表面的な判断冷静な観察
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