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驢鞍橋 / 卷上

一日衆に向て曰く、何れも强い機を以て人の心を奪ふ位有りや、我はよう前から人の苦みの機望みの機抔奪ふこと上手也。就中愁ひの機抔は、手もなくひつたくる也。是れ强い機の功德也。

新字:一日衆に向て曰く、何れも强い機を以て人の心を奪ふ位有りや、我はよう前から人の苦みの機望みの機抔奪ふこと上手也。就中愁ひの機抔は、手もなくひつたくる也。是れ强い機の功徳也。

書き下し

一日衆に向て曰く、何れも强い機を以て人の心を奪ふ位有りや、我はよう前から人の苦みの機望みの機抔奪ふこと上手也。就中愁ひの機抔は、手もなくひつたくる也。是れ强い機の功徳也。

現代語訳

ある日、衆に向かって言われた。誰でも、強い気迫によって人の心を奪う位があるか。私はずっと前から、人の苦しみの気迫や望みの気迫などを奪うことが上手である。とりわけ憂いの気迫などは、わけもなくひったくるのである。これは強い気迫の功徳である、と。

解説

強い心の張りを持つ人は、相手の苦しみや執着、憂いの気持ちを奪い取ることができる、と正三は言う。第六十四条や第百三十一条の、病人の思い込みを断ち切った逸話もその例である。相談に来た人の暗い気持ちに引きずられず、逆にその気持ちを奪って軽くしてやれるのは、聞く側に揺るがない強さがあるからだ。人を支える仕事をする人に、自分の心の強さこそが相手を救う力になることを教えている。

この章句が説くこと

気迫憂い支援強さ相談功徳

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