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塩鉄論 / 授時篇

大夫曰:「共其地、居是世也、非有災害疾疫、獨以貧窮、非惰則奢也、無奇業旁入、而猶以富給、非儉則力也。今曰施惠悅爾、行刑不樂、則是閔無行之人、而養惰奢之民也。故妄予不為惠、惠惡者不為仁。」

新字:大夫曰:「共其地、居是世也、非有災害疾疫、独以貧窮、非惰則奢也、無奇業旁入、而猶以富給、非倹則力也。今曰施恵悅爾、行刑不楽、則是閔無行之人、而養惰奢之民也。故妄予不為恵、恵悪者不為仁。」

書き下し

大夫曰く、其の地を共にし、是の世に居り、災害疾疫有るに非ずして、獨り貧窮を以てするは、惰に非ざれば則ち奢なり。奇業旁入無くして、而も猶お富給を以てするは、儉に非ざれば則ち力なり。今、惠を施して悅ばしく、刑を行いて樂しまずと曰わば、則ち是れ行い無きの人を閔れみて、惰奢の民を養うなり。故に妄りに予うるは惠と為さず、惡を惠むは仁と為さず。

現代語訳

大夫が言った。「同じ土地に住み、同じ時代に生きていて、災害も疫病もないのに、その者だけが貧しいのなら、怠けているか、さもなければ贅沢をしているかだ。特別な副業も余分な収入もないのに、それでも豊かに暮らしているのなら、倹約しているか、さもなければ努力しているかだ。いま『恵みを施すのは楽しく、刑を行うのは楽しくない』と言うのなら、それは行いの悪い者を憐れんで、怠け者と贅沢者を養うことになる。だから、みだりに与えることは恵みではないし、悪しき者に恵むことは仁ではない」

解説

前段の締めくくり「惠を施して悅ばしく、刑を行いて樂しまず」を、そのまま取り上げて反転させた段です。まず条件を揃えます。同じ土地、同じ時代、災害も疫病もない。**それで一人だけ貧しいなら、怠けか贅沢だ**と。条件をそろえたうえでの自己責任論で、いまも形を変えて聞く議論です。結論も短く切れています。みだりに与えるのは恵みではない。悪しき者に恵むのは仁ではない。憐れみと甘やかしの線をどこに引くか、を突きつけています。

この章句が説くこと

妄りに予うるは恵と為さず悪を恵むは仁と為さず独り貧窮を以てするは惰に非ざれば則ち奢なり行い無きの人を閔れみて惰奢の民を養う支援公平条件

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