言志四録 / 南洲手抄
凡作事、須要有事天之心。不要有示人之念。
書き下し
凡そ事を作すには、須らく天に事ふるの心あるを要すべし。人に示すの念あるを要せず。
現代語訳
およそ事を為すときは、天に仕えるつもりの心を持つことが肝要である。人に見せようという気持ちを持ってはならない。
解説
仕事の質を決めるのは、誰に向けてそれをするのかという一点だと一斎は言います。人の目や評価を基準にすると、見られていない場面では手を抜き、賞賛が得られなければ意欲を失います。これに対し「天に仕える」心、すなわち誰も見ていなくても恥じない基準で臨めば、行いはおのずと一貫します。現代の言葉で言えば、他者評価ではなく自らの職業倫理に従うということ。誰も見ていない一人の場面をこそ慎むという「慎独」の思想と響き合う、仕事の根本姿勢を説いた一条です。
この章句が説くこと
慎独動機天職業倫理
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