驢鞍橋 / 卷上
一日鐵長老問ふて曰く、散亂無き樣にと靜に坐禪致せば、機沈みて眠る也。如何用心仕るべきや。師示して曰、つゝつくつゝつくと躍つて坐禪めさるべしと也。
新字:一日鉄長老問ふて曰く、散乱無き様にと静に坐禅致せば、機沈みて眠る也。如何用心仕るべきや。師示して曰、つゝつくつゝつくと躍つて坐禅めさるべしと也。
書き下し
一日鉄長老問ふて曰く、散乱無き様にと静に坐禅致せば、機沈みて眠る也。如何用心仕るべきや。師示して曰、つゝつくつゝつくと躍つて坐禅めさるべしと也。
現代語訳
ある日、鉄長老が尋ねて言った。散乱しないようにと静かに坐禅をすると、気迫が沈んで眠ってしまいます。どのように心得ればよいでしょうか。師は示して言われた。つっつくつっつくと、躍るようにして坐禅をしなさい、と。
解説
心が散らないように静かに坐ると、今度は沈んで眠くなる、という坐禅の典型的な悩みである。正三の答えは、踊るように活発な気持ちで坐れ、というものだった。散乱と沈み込みの間で、静けさを求めすぎると眠気に負ける。心を躍動させながら坐るという表現は、集中とは力を抜いて静まることではなく、生き生きとした張りを保つことだと教えている。仕事中の眠気や倦怠にも通じる、短く軽やかな助言である。
この章句が説くこと
坐禅眠気散乱躍動集中助言
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上夜話の次で僧問ふ、坐禅の時は古則をも不念、念仏をも申さず、只ぬんとしたる機を用ゐたるが好きなりや。師曰、中々只ぬんと用ふべし。亦機を付けて為さば古則陀羅尼念仏も一つ事なり、其内に機の沈まぬやうに用ふる計り也。扨急度機の活きるやうにせんと思はば、達磨の面に眼を着けて、睨み坐禅を作すべしと也。
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『驢鞍橋』卷上其夜数度小用に出で給ふに、一僧好く起き合ひければ、師見て曰く、其方余り眠らざる性を持つ好き事也。何としても夜ぐつさりと眠入る性は成らぬ也。いつの間にか修し行すべき、眠り深き者は死人に同じ、其様なる性は堪忍して、五日十日は勤むとも、頓て草臥れ一倍眠る物也。兎角眠の覚むる程真実を起すべき也。何と眠る性なりとも、何某奥程も死ぬ機起りたらば眠られまじ。時に一僧問、其奥方は死を大儀に思ふ心起りて眠れざるか、亦只今死ぬ様に切に成りて眠られざるや。師曰く、どれと云ふ事はなし、少し大事を引受ければ、うつかとは眠られざる物也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る和尚来り云ふ、某久しく坐禅仕れども、妄想少しも不止、何れもは如何候や。師聞て曰く、夫れは止修行そうに存する也。縦ひ止んでも用に立つ事に非ず、心の修する位を御存しなそうなと也。
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『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、修行と云ふ物、中中上り難き物也。我今十二時中坐禅ならさる事なし。喩へは大勢に交り、上下へかえし、相撲を取り、躍をゝとり、何程はね狂ひたりとも、坐禅の機少しもたじろくへからす。また好く若き時より心つきて自己を守りしが、其時分よりはや念には勝つてばかされざる也。夫れより次第よく修しつめ何たる事にもたじろかぬほどに仕付けたれども、まだ夫れでも生死の為めには不成、中々大儀な物也。
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『驢鞍橋』卷上一日若き侍両人来り、修行の用心を問ふ。師彼に問て曰く、其方達は何役をめさるゝや、時に一人広間番を仕ると云ふ。師示して曰、狼藉者に於ては縦ひ樊噲張良也とも、八幡通すましと急度ねぢまわして番を作すべし。是れ則ち坐禅也。別に用心有るべからず。亦一人は供番也と云ふ。師示して曰、何者にてもあれうろたへ者、又は逆心の者出来らば、忽ち無手と引組んて指違へんと、急度死を窮め、眼をすゑて供を作すべし。是れ則ち坐禅也。機を抜かして供を成さば、用に立つべからずと也。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、平生禅定にて居るほど、坐禅を仕習ふへし。浄土宗には念仏を以て信心を申し起し、禅宗には坐禅を以て無相無念の本心を修し出だす也。然る間强く眼をつけて、自ら勇猛精進の心湧出づるほど修すべし。左無くんば彼煩悩に負けて、坐禅常住なるへからずと也。