驢鞍橋 / 卷上
一日去る醫者來て曰く、某今程西の久保に不思議なる病者を請取り、樣々療治仕れとも治せす。兎角醫術の及ぶ處に非す。なにとぞ御方便有れかしと云ふ。師問て曰、如何樣なる病人なりや。彼答て曰、總身より糸筋のやうなる虫出て、外よりひる降り懸り、物を飮食ひする事ならす、晝夜六十日程責められ、半機違ひに成り候とかたる。師聞て曰、扨も扨も不便千萬なる事哉。我處に遣はすへし。□取らせんずと也。
新字:一日去る医者来て曰く、某今程西の久保に不思議なる病者を請取り、様々療治仕れとも治せす。兎角医術の及ぶ処に非す。なにとぞ御方便有れかしと云ふ。師問て曰、如何様なる病人なりや。彼答て曰、総身より糸筋のやうなる虫出て、外よりひる降り懸り、物を飮食ひする事ならす、昼夜六十日程責められ、半機違ひに成り候とかたる。師聞て曰、扨も扨も不便千万なる事哉。我処に遣はすへし。□取らせんずと也。
書き下し
一日去る医者来て曰く、某今程西の久保に不思議なる病者を請取り、様々療治仕れとも治せす。兎角医術の及ぶ処に非す。なにとぞ御方便有れかしと云ふ。師問て曰、如何様なる病人なりや。彼答て曰、総身より糸筋のやうなる虫出て、外よりひる降り懸り、物を飮食ひする事ならす、昼夜六十日程責められ、半機違ひに成り候とかたる。師聞て曰、扨も扨も不便千万なる事哉。我処に遣はすへし。□取らせんずと也。
現代語訳
ある日、ある医者が来て言った。私は今、西の久保で不思議な病人を引き受け、さまざまに治療しましたが治りません。とにかく医術の及ぶところではありません。どうか方便をお願いします。師は尋ねて言われた。どのような病人か。医者は答えて言った。全身から糸筋のような虫が出て、外からは蛭が降りかかり、物を飲み食いすることもできず、昼夜六十日ほど責められて、半ば気が違っております、と語った。師は聞いて言われた。なんとも気の毒千万なことだ。私のところへ遣わしなさい。□取らせよう、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上後日に医者彼病者を遣はす。師前日の企の如く葬礼の儀式を為し、其晩暮六より四過き迄、衆僧取廻して警策を打ち、経咒を以て責め、病者には礼拝をさせ、吊ひ給へば、病者不図迯げ、門前の家に行倒れて、前後も知らず臥す。師其儘置くへしと云つて、衆を息め給ふ。明朝彼女人起来りて師を礼して曰、虫に責められ昼夜眠らさる事六十日余也。今夜始めて前後を知らず臥す。今朝は夢の覚めたるか如くにして本の人間に罷成り。扨々有難き御慈悲哉。私の所存は最早今生は無き物也、機の違はぬ先に御殺し有りて也とも、御吊ひに預り度存せしに、今生にて再び人間に罷成る事忝き次第也と、感涙を流し礼謝して去る。師晩に曰、始めて聞く時は、人の目に見えて、実に虫ともの責むると云ふに依つて、手も無く吊ひ直すべしと思ふ。後来るを見れば機病也。是れは隙を取らんずと思ひけるが、造作なく直る事不思議也。総して直に責むるは忽ち吊ひにて直るべし。気病はなほり難かるべしと也。
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『驢鞍橋』卷上一日聚会の次で、一僧去る病体の和尚に向つて云く、悪病抔出でざる様になさるべし。若し悪病出でば、大に人の為めに怨と成るべし。師聞て曰く、扨も詮なき事を云ふ人かな、如何なる病をか受け、如何なる死をかせん。我人知られてこそ因果次第也。従今分別するとも争かあたらんや。唯今修する処にこそ詮議はあれ、後はひつてひり破つても、死にめされよ。只死しても奇麗にもをりないぞ、野に成りとも山に成りとも只捨てめされよと也。
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『驢鞍橋』卷下因に僧中に向て曰く、皆うつかと心得めさるゝな。去る祈禱者の身上に応してせねば、祈禱もしるしなしと云へり。誠に然るべきこと也。左もあればこそ、賤き者の病には、消災咒一返しても、その儘しるし有る也因に一僧曰く、此の頃、長崎屋の家内の者共、度に皆病ふ也、様々の業因有りと云ふ。師聞て曰く、病んす、様々念を造り出し造り出しする間、病んでかへさて叶はす、諸人皆病むべきことなるが、大略にもあるは、不思議に思はるゝ也
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『驢鞍橋』卷上去る処の病者霊気有りとて、弔を頼み来る。師便ち病者の位牌を書き、長水長老□に大衆に命して、下火念誦にて葬例の儀式を作す。其後師の焼香にて一時千巻の心経有り、誦し了るとわつと云つて位牌をつゝ倒し給ふ也。晩に至りて謂衆曰、逆修をも死人になして弔ひたるか能き也。死人に往いて霊気著くべからすと也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る人来り、病者故に仏法を思ふ事成らずと云ふ。師聞て曰く、扨もよき病哉、羨敷病也。其れならば定めて世間の事も病機故に思はれまじ、是れに增したる事なし。身をも娑婆をもぐつと忘れ果てらるべし。総じて仏道と云ふは一切を思はぬ事也。
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『驢鞍橋』卷下一日、長水長老云ふ、何某殿子息大病なるに、弔を頼み来る也。如何仕るべきや。師曰く、楞厳咒千坐程誦せば、快く成るべし。総而兵法者抔の弟子に起請を多く書せたる抔は、子孫不吉也。彼れも祖父の代より馬の上手にて、弟子共に起請を多く書せたる末也。その咎と覚えたり。然る間、諸神を請じ下し奉り、報謝に楞厳咒千坐誦せば、大略よかるべしと也。