驢鞍橋 / 卷上
夜話の次で諸人今時の出家、名をこびて付くと云ふ。師聞て曰、徒然草に寺院の號さらぬよろづの物にも名を付くる事、昔の人は少しも求めす、只ありの儘に安く付くる也。此比は深く案し才覺を顯さんとしたるやうに聞ゆる、いとむづかし。人の名も目なれぬ文字を付けんとする益なき事也と有るを見て、我も是れは德を得たる也。何れも心を着けて書を見は德を得へし。皆自己を抜かして見らるゝ間、何程見ても德を得る者無しと也。
新字:夜話の次で諸人今時の出家、名をこびて付くと云ふ。師聞て曰、徒然草に寺院の号さらぬよろづの物にも名を付くる事、昔の人は少しも求めす、只ありの儘に安く付くる也。此比は深く案し才覚を顕さんとしたるやうに聞ゆる、いとむづかし。人の名も目なれぬ文字を付けんとする益なき事也と有るを見て、我も是れは徳を得たる也。何れも心を着けて書を見は徳を得へし。皆自己を抜かして見らるゝ間、何程見ても徳を得る者無しと也。
書き下し
夜話の次で諸人今時の出家、名をこびて付くと云ふ。師聞て曰、徒然草に寺院の号さらぬよろづの物にも名を付くる事、昔の人は少しも求めす、只ありの儘に安く付くる也。此比は深く案し才覚を顕さんとしたるやうに聞ゆる、いとむづかし。人の名も目なれぬ文字を付けんとする益なき事也と有るを見て、我も是れは徳を得たる也。何れも心を着けて書を見は徳を得へし。皆自己を抜かして見らるゝ間、何程見ても徳を得る者無しと也。
現代語訳
夜話のついでに、人々が、今の出家は名を媚びて付ける、と言った。師は聞いて言われた。『徒然草』に、寺院の名や、その他の万物にも名を付けることは、昔の人は少しも求めず、ただありのままに易しく付けたものだ。このごろは深く考えて才覚を表そうとしたように聞こえて、ひどく煩わしい。人の名も見慣れない文字を付けようとするのは益のないことだ、とあるのを見て、私はこれで徳を得た。誰でも心をつけて書を見れば、徳を得るだろう。みな自己を抜かして見ているから、どれほど見ても徳を得る者がいないのである、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
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論語・衛霊公篇子曰く、由、徳を知る者は鮮なし。
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