驢鞍橋 / 卷上
夜話の次て去る者問ふ、今時の修行者或は病者と成り、或は氣違と成り、樣々錯り多しと見えたり。是れ何れの道理なりや。師答て曰く、只造作なく成る物と思ふ故に皆錯る也。爲し難き物と云ふ事を知つて勤めは錯るべからず。又問ふ、無理に眞實を起さんとするも錯りなるへきや。師答て曰く、起し樣さへ能くんは錯りあるべからずと也。
新字:夜話の次て去る者問ふ、今時の修行者或は病者と成り、或は気違と成り、様々錯り多しと見えたり。是れ何れの道理なりや。師答て曰く、只造作なく成る物と思ふ故に皆錯る也。為し難き物と云ふ事を知つて勤めは錯るべからず。又問ふ、無理に真実を起さんとするも錯りなるへきや。師答て曰く、起し様さへ能くんは錯りあるべからずと也。
書き下し
夜話の次て去る者問ふ、今時の修行者或は病者と成り、或は気違と成り、様々錯り多しと見えたり。是れ何れの道理なりや。師答て曰く、只造作なく成る物と思ふ故に皆錯る也。為し難き物と云ふ事を知つて勤めは錯るべからず。又問ふ、無理に真実を起さんとするも錯りなるへきや。師答て曰く、起し様さへ能くんは錯りあるべからずと也。
現代語訳
夜話のついでに、ある者が尋ねた。今の修行者は、あるいは病人となり、あるいは気が違ってしまい、さまざまな誤りが多いように見えます。これはどういう道理でしょうか。師は答えて言われた。ただ造作なくできるものと思うから、みな誤るのである。為しがたいものだということを知って勤めれば、誤ることはない。また尋ねた。無理に真実を起こそうとするのも誤りでしょうか。師は答えて言われた。起こし方さえよければ、誤りはない、と。
解説
修行者が心身を壊す原因を、正三は、簡単にできると思うからだと見る。難しいと知って勤めれば、無理な近道を取らず、焦らずに続けられる。短期間で結果が出るという思い込みこそが、無理を生み、心身を壊すのである。本気を無理に起こすのも誤りかという問いには、起こし方さえよければ誤りはない、と答える。資格や技能の習得で、すぐにできると思い込んで挫折する人への、的確な処方となる言葉である。
この章句が説くこと
難しさ焦り無理継続心身修行
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、初心行者はいかにもして真実起る様にすべし。真実起らざる先きに無理行抔し、强く坐禅抔すべからす。無理に根機を出し荒行抔すれは、性疲れ機へりて、何の用にも立たす、只在て果す也。何れも覚え有るへし気相悪き時は、常よりも心悪く成る物也。修行と云ふは機を養ひ立つる事也、故に古人も長養といへり。必ず機をへらすへからす。今時無理行をなし、亦ぬけから坐禅をなして、機へりて病者と成り、気違と成る者数を知らす。只志を進め真実を起すへしと也。
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『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、修行と云ふ物、中中上り難き物也。我今十二時中坐禅ならさる事なし。喩へは大勢に交り、上下へかえし、相撲を取り、躍をゝとり、何程はね狂ひたりとも、坐禅の機少しもたじろくへからす。また好く若き時より心つきて自己を守りしが、其時分よりはや念には勝つてばかされざる也。夫れより次第よく修しつめ何たる事にもたじろかぬほどに仕付けたれども、まだ夫れでも生死の為めには不成、中々大儀な物也。
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『驢鞍橋』卷上一日意の暗き行者を諫めて曰く、其方は先づ言句を錬鍛べて意に徹すへし。彼者云、某一処を守る機有り、熟せば万事に相応すべき間、言句の意を明めて詮なしと存ず。但し無理に强く修すると、意を受くると差別有りや。師曰、中々意暗くしては修行はかどるべからす、先づ其方は専ら意を受習はるべしと也。
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『驢鞍橋』卷上其夜数度小用に出で給ふに、一僧好く起き合ひければ、師見て曰く、其方余り眠らざる性を持つ好き事也。何としても夜ぐつさりと眠入る性は成らぬ也。いつの間にか修し行すべき、眠り深き者は死人に同じ、其様なる性は堪忍して、五日十日は勤むとも、頓て草臥れ一倍眠る物也。兎角眠の覚むる程真実を起すべき也。何と眠る性なりとも、何某奥程も死ぬ機起りたらば眠られまじ。時に一僧問、其奥方は死を大儀に思ふ心起りて眠れざるか、亦只今死ぬ様に切に成りて眠られざるや。師曰く、どれと云ふ事はなし、少し大事を引受ければ、うつかとは眠られざる物也。
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『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、古の祖師達にも、修行熟せるは少しと見えたり。大方小見解を是とし、経文語録を以て法語を書き、教化抔して語録等を残されたると思ふ也。なければこそ强く心を修した位を、誰でも書き残したる人なし。皆心安く隙を明けて成らぬと云ふ事を云ひ置きたる人なし。我は末世に残すならば、何とも成らぬ物ぢやと云ふ事を書付けて残すへしと也。
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『驢鞍橋』卷上一日曰く、今時の諸宗に仏道の大筋を教へたし。何の口伝も無き事、只志を進め真実を発し、修し行して仏祖の意を大切にする計り也。此心法は徹しても大事、徹せすしても大事也。兎角修しさへすれは心磨けて行く程に、悟らずして悟る也。今時も悟らすして悟つて居る人はあるべし。扨も笑止千万の事は、法の筋違つて居る故に、悟つて迷ふ人世に多しと也。