驢鞍橋 / 卷上
一日示して曰く、初心行者はいかにもして眞實起る樣にすべし。眞實起らざる先きに無理行抔し、强く坐禪抔すべからす。無理に根機を出し荒行抔すれは、性疲れ機へりて、何の用にも立たす、只在て果す也。何れも覺え有るへし氣相惡き時は、常よりも心惡く成る物也。修行と云ふは機を養ひ立つる事也、故に古人も長養といへり。必ず機をへらすへからす。今時無理行をなし、亦ぬけから坐禪をなして、機へりて病者と成り、氣違と成る者數を知らす。只志を進め眞實を起すへしと也。
新字:一日示して曰く、初心行者はいかにもして真実起る様にすべし。真実起らざる先きに無理行抔し、強く坐禅抔すべからす。無理に根機を出し荒行抔すれは、性疲れ機へりて、何の用にも立たす、只在て果す也。何れも覚え有るへし気相悪き時は、常よりも心悪く成る物也。修行と云ふは機を養ひ立つる事也、故に古人も長養といへり。必ず機をへらすへからす。今時無理行をなし、亦ぬけから坐禅をなして、機へりて病者と成り、気違と成る者数を知らす。只志を進め真実を起すへしと也。
書き下し
一日示して曰く、初心行者はいかにもして真実起る様にすべし。真実起らざる先きに無理行抔し、强く坐禅抔すべからす。無理に根機を出し荒行抔すれは、性疲れ機へりて、何の用にも立たす、只在て果す也。何れも覚え有るへし気相悪き時は、常よりも心悪く成る物也。修行と云ふは機を養ひ立つる事也、故に古人も長養といへり。必ず機をへらすへからす。今時無理行をなし、亦ぬけから坐禅をなして、機へりて病者と成り、気違と成る者数を知らす。只志を進め真実を起すへしと也。
現代語訳
ある日示して言われた。初心の修行者は、何としても真実の心が起こるようにしなさい。真実が起こらないうちに無理な修行などをして、強く坐禅などをしてはならない。無理に根気を出して荒行などをすれば、性根が疲れ気力が減って、何の役にも立たず、ただ生きて終わるだけである。誰でも覚えがあるだろうが、気分の悪いときには、いつもより心も悪くなるものだ。修行というのは気力を養い育てることである。だから古人も長養と言った。決して気力を減らしてはならない。今は無理な修行をし、また抜け殻の坐禅をして、気力が減って病人となり、気が違ってしまう者が数知れない。ただ志を進め、真実を起こしなさい、と。
解説

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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」