驢鞍橋 / 卷上
一日衆に語て曰く、初心の者に悟を安く授け、暫時に際を明けさする事大罪也。今時世間に此類多し、恐るべき事也。我は只淨土宗の樣に念佛を申習はする位がすき也。其故に初心の者には先づ所作を授くる也。
新字:一日衆に語て曰く、初心の者に悟を安く授け、暫時に際を明けさする事大罪也。今時世間に此類多し、恐るべき事也。我は只浄土宗の様に念仏を申習はする位がすき也。其故に初心の者には先づ所作を授くる也。
書き下し
一日衆に語て曰く、初心の者に悟を安く授け、暫時に際を明けさする事大罪也。今時世間に此類多し、恐るべき事也。我は只浄土宗の様に念仏を申習はする位がすき也。其故に初心の者には先づ所作を授くる也。
現代語訳
ある日、衆に語って言われた。初心の者に悟りを安易に授け、しばらくの間に一段落をつけさせることは大罪である。今の世間にはこの類が多い。恐るべきことだ。私はただ、浄土宗のように念仏を申し習わせる程度が好きである。だから初心の者には、まず所作(日々の行)を授けるのである、と。
解説
初心者に安易に悟りの証明を与え、早々に一人前扱いすることを、正三は大罪だと言う。そうされた者は、そこで満足して道を止めてしまうからだ。自分は浄土宗のように、まず念仏という日々の行を授ける、と。短期間の研修で資格や称号を与え、できるようになったと思わせてしまうことの危うさにも通じる指摘である。まず地道な日々の行を身につけさせることが、長い成長の土台になる、という教育観である。
この章句が説くこと
安易な承認初心教育所作念仏土台
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日近比の遁世者に示して曰く、如何様なる者も頭をすれば、早打上つて人に貴はれ、殊勝に成り、売僧に成り、徳有る御坊主の振をする也。今時の道心者皆此つれ計り也。其方も我法によらんと思はゞ、一向の土に成り、謙つて向上に眼を著けす、足元より修すべし。なまけた振をし、さも無き事を鼻に上げてありかんと思はゞ、出入無用也。
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『驢鞍橋』卷上一日曰く、今時の諸宗に仏道の大筋を教へたし。何の口伝も無き事、只志を進め真実を発し、修し行して仏祖の意を大切にする計り也。此心法は徹しても大事、徹せすしても大事也。兎角修しさへすれは心磨けて行く程に、悟らずして悟る也。今時も悟らすして悟つて居る人はあるべし。扨も笑止千万の事は、法の筋違つて居る故に、悟つて迷ふ人世に多しと也。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、初心行者はいかにもして真実起る様にすべし。真実起らざる先きに無理行抔し、强く坐禅抔すべからす。無理に根機を出し荒行抔すれは、性疲れ機へりて、何の用にも立たす、只在て果す也。何れも覚え有るへし気相悪き時は、常よりも心悪く成る物也。修行と云ふは機を養ひ立つる事也、故に古人も長養といへり。必ず機をへらすへからす。今時無理行をなし、亦ぬけから坐禅をなして、機へりて病者と成り、気違と成る者数を知らす。只志を進め真実を起すへしと也。
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『驢鞍橋』卷下同十八日、去る俗士来り、某今迄終に仏法承らす、油断者也と云つて法要を問ふ。師曰く、何くにても聞きめされぬか仕合也。若し聞きめされたらば、疾く悟て隙を明けめさるべし。総而聞きて合点して置くことに非す。只修し行して、少し宛も心の垢を抜くこと也。暗心も明く成り、弱心も强く成る様に修すること、先つ大すべを心得めされよと也。
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『驢鞍橋』卷上一日示して曰く、平生禅定にて居るほど、坐禅を仕習ふへし。浄土宗には念仏を以て信心を申し起し、禅宗には坐禅を以て無相無念の本心を修し出だす也。然る間强く眼をつけて、自ら勇猛精進の心湧出づるほど修すべし。左無くんば彼煩悩に負けて、坐禅常住なるへからずと也。
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『驢鞍橋』卷上師亦曰、今時諸方に安く仏法を授くる人多し、我は授くへき物なし。我処に来ての得所には、何とも成らぬ物ぢやと云ふ事を知らるへし。是れを授け申すぞ。然れとも措かるゝ事に非す、一大事なれば、世々生々に於て種を失はず、終に仏果菩提を成せんと思ふ心は、我も强う持つ也。其方抔も只念仏申しに成りめさるべし。法然抔も念仏の外は菩提の為めに成る事を知らすと云ふて、一枚起請二枚起請三枚起請迄書置かれたり。我も此行を能く思ふ、先づ此行には病が著かぬ也。大鐘を胸の中にぐわんぐわんと扣き込んで、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と力を出して申すべし。悪業少しも面を出すべからず。如是平生用ひて念を滅す事也。