驢鞍橋 / 卷上
夜話に曰く、修行上らさる物也。四十年以前、我相州關本最乘寺に在りし時、小田原の沖に大蛇出づと云ふ沙汰有り、我聞きて小舟に乘り行いて、造作無く角をひんもがんずと思ひし也。亦富士の人穴抔も、手もなく通らんずと思ひたる也。若き時より如是强く用ゐ來れども、何の用にも不立、今思ふに皆是れ實を以てなす處也。今はいや也。只憂ふて大事也。又曰く、よう若い時から化者幽靈抔は物にはせなんだと也。
新字:夜話に曰く、修行上らさる物也。四十年以前、我相州関本最乗寺に在りし時、小田原の沖に大蛇出づと云ふ沙汰有り、我聞きて小舟に乗り行いて、造作無く角をひんもがんずと思ひし也。亦富士の人穴抔も、手もなく通らんずと思ひたる也。若き時より如是强く用ゐ来れども、何の用にも不立、今思ふに皆是れ実を以てなす処也。今はいや也。只憂ふて大事也。又曰く、よう若い時から化者幽霊抔は物にはせなんだと也。
書き下し
夜話に曰く、修行上らさる物也。四十年以前、我相州関本最乗寺に在りし時、小田原の沖に大蛇出づと云ふ沙汰有り、我聞きて小舟に乗り行いて、造作無く角をひんもがんずと思ひし也。亦富士の人穴抔も、手もなく通らんずと思ひたる也。若き時より如是强く用ゐ来れども、何の用にも不立、今思ふに皆是れ実を以てなす処也。今はいや也。只憂ふて大事也。又曰く、よう若い時から化者幽霊抔は物にはせなんだと也。
現代語訳
夜話で言われた。修行は上達しないものである。四十年前、私が相模の関本の最乗寺にいたとき、小田原の沖に大蛇が出るという噂があった。私はそれを聞いて、小舟に乗って行って、造作なく角をもぎ取ってやろうと思った。また富士の人穴なども、わけもなく通り抜けてやろうと思った。若いときからこのように強く用いてきたけれども、何の役にも立たなかった。今思えば、みなこれは実(我)をもってしていたことである。今は嫌である。ただ憂えて大事にしている。また言われた。よくも若いときから、化け物や幽霊などは物ともしなかった、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下夜話の次で、一貫此頃、修行少しだるみたると云ふ。師云く、夫れは我知らぬこと也。我はじりじりとたゞ物次第强に强まり、終に六十余にして、莫妄想の意不図と乗りたり。只其時は、莫妄想莫妄想と躍つて有り度心にて有り、実に頸を切らるゝとも、に成て居さうに有りし也。然れとも打捨て、自己に取て還し、様々こね来れども、今に糞袋の秘蔵の念は休ます。扨ても実と云ふ物は深き物哉と也。
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『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、修行と云ふ物、中中上り難き物也。我今十二時中坐禅ならさる事なし。喩へは大勢に交り、上下へかえし、相撲を取り、躍をゝとり、何程はね狂ひたりとも、坐禅の機少しもたじろくへからす。また好く若き時より心つきて自己を守りしが、其時分よりはや念には勝つてばかされざる也。夫れより次第よく修しつめ何たる事にもたじろかぬほどに仕付けたれども、まだ夫れでも生死の為めには不成、中々大儀な物也。
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『驢鞍橋』卷上夜話の次て、去る者我元より死をなにとも思はぬと云ふ。師聞て曰く、其はよき事にこそあらんずが、修行は上がるべからす。我は死ぬかいやなに因つて、生き通しにして死なぬ身と成りたさに修行はする也。死なぬ身とならぬ中は、世々生々をかけて修せんと思ふ機慥に持つ也。亦其方死をなにとも思はぬと云ふても、道人には非す、さありとも自己の主人六根自由する物を知るへからすと也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る人来りて雑話の次てに、あはれ御歳を廿計りに仕りたしと云ふ。師聞て曰く、扨々いやな事哉。若き時の心にて、世に住まん事髄に透りて片時もいや也。若し我今の心にてならば苦からす。其故は此前一年の修行よりも、まだ今一日の修行が大切也。
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『驢鞍橋』卷下巳の七月十日暁云はく、仏像程に仕付て叶はす、我此の前は、强弓を引張つた如く有りけるか、今は左様になし。然れともたるむ筈なし。少し熟したるかとも思ふ也。又曰く、夢中ともいきをつくほどに大事に成り居れとも、まだあまのじやくか出る也。されどももはやことはせず、夫れは随分仕付て、面上はさせん也。强く守ていやな物哉いやな物哉もきつと睨付て居れども、何として此の体たが我物に成て、隙明かす、是れも普化の境界が乗りたて、修行やうたらぬと云ふことを知りたると也。
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『驢鞍橋』卷下夜話の次に曰く、我若き時より、総而言句を持たざる性也。今に仏法を持たす。尤も世事のことは、名聞を始め、胸中一物もなし。是に仍て人に逢ふても話すべきことなし。只によんとして、居る計也。人持ち来れば、応対事欠かす、我身より工み出して云ふべきことを持たす。乍去仏法のすべを直し度思ふと、人を能く成し度と思ふ念は强く有る也。此の外には他事なしと也。