驢鞍橋 / 卷上
一日曰く、佛像の機を受くる事は、我と受けねば云つては聞かせ難し。合點しても機に受けねば用に不立、我是れ計りをいへども、受けたる人一人も無し。今よりは腹立ちたる時の機を用ゐよと授けんずと思ふ也。此機を用ゐ得ば、病も抜け命も延ぶへし。亦機を抜かし居て、心を碎き身を苦むる者、非業の死も有るへき事也。
新字:一日曰く、仏像の機を受くる事は、我と受けねば云つては聞かせ難し。合点しても機に受けねば用に不立、我是れ計りをいへども、受けたる人一人も無し。今よりは腹立ちたる時の機を用ゐよと授けんずと思ふ也。此機を用ゐ得ば、病も抜け命も延ぶへし。亦機を抜かし居て、心を砕き身を苦むる者、非業の死も有るへき事也。
書き下し
一日曰く、仏像の機を受くる事は、我と受けねば云つては聞かせ難し。合点しても機に受けねば用に不立、我是れ計りをいへども、受けたる人一人も無し。今よりは腹立ちたる時の機を用ゐよと授けんずと思ふ也。此機を用ゐ得ば、病も抜け命も延ぶへし。亦機を抜かし居て、心を砕き身を苦むる者、非業の死も有るへき事也。
現代語訳
ある日言われた。仏像の気迫を受けるということは、自分で受けなければ、言って聞かせることは難しい。合点しても、気迫として受けなければ役に立たない。私はこればかりを言っているが、受けた人は一人もいない。今からは、腹が立ったときの気迫を用いよ、と授けようと思う。この気迫を用いることができれば、病も抜け、命も延びるだろう。また気迫を抜かしていて、心を砕き身を苦しめる者は、非業の死もありうることである、と。
解説
仁王の気迫を受けよと言い続けても、受け取った弟子は一人もいなかった。そこで正三は、教え方を変える。腹が立ったときの、あの張りつめた気迫を使え、と。誰もが知っている怒りの瞬間の力を手がかりにすれば、仏像の気迫という抽象的な教えも伝わりやすい。伝わらない教えを、相手の身近な経験に置き換えて伝え直す工夫である。部下に理念が伝わらないとき、指導者が見習うべき柔軟さがここにある。
この章句が説くこと
気迫怒り伝え方指導工夫仁王
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