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驢鞍橋 / 卷上

一日上方より去る長者來り、師に語て曰く、此中或寺より某甲に無實を云ひ懸け、大勢推込み十指を折り、擯罰せられたり。然る處に師兄の何某、只は寺長老捨つる事成るへからす、幸の事也、道心者に成るへしと異見被申けれど、如何しても心得られすして、御訴訟の爲めに罷下ると云ふ。師聞て曰く、左樣の道心もこそ有るらん、知らぬ事也、是れは其方に異見を申すには非す、我ならば御公儀へ隨分訴へ奉り、是非叶はぬ事ならは、古脇指一つ求めて、合手の長老と指違へて死すへしと也。其長老頓て御公儀を歷て理を得られたり。

新字:一日上方より去る長者来り、師に語て曰く、此中或寺より某甲に無実を云ひ懸け、大勢推込み十指を折り、擯罰せられたり。然る処に師兄の何某、只は寺長老捨つる事成るへからす、幸の事也、道心者に成るへしと異見被申けれど、如何しても心得られすして、御訴訟の為めに罷下ると云ふ。師聞て曰く、左様の道心もこそ有るらん、知らぬ事也、是れは其方に異見を申すには非す、我ならば御公儀へ随分訴へ奉り、是非叶はぬ事ならは、古脇指一つ求めて、合手の長老と指違へて死すへしと也。其長老頓て御公儀を歴て理を得られたり。

書き下し

一日上方より去る長者来り、師に語て曰く、此中或寺より某甲に無実を云ひ懸け、大勢推込み十指を折り、擯罰せられたり。然る処に師兄の何某、只は寺長老捨つる事成るへからす、幸の事也、道心者に成るへしと異見被申けれど、如何しても心得られすして、御訴訟の為めに罷下ると云ふ。師聞て曰く、左様の道心もこそ有るらん、知らぬ事也、是れは其方に異見を申すには非す、我ならば御公儀へ随分訴へ奉り、是非叶はぬ事ならは、古脇指一つ求めて、合手の長老と指違へて死すへしと也。其長老頓て御公儀を歴て理を得られたり。

現代語訳

ある日、上方からある長老が来て、師に語って言った。このあいだ、ある寺から私に無実の罪を言いかけ、大勢で押し込んで十本の指を折り、追放の罰を受けました。そこで兄弟子の何某が、ただでは寺の長老の職を捨てることはできないのだから、ちょうどよい機会だ、道心者になれ、と意見を申されましたが、どうしても納得できず、訴訟のために下ってまいりました。師は聞いて言われた。そういう道心もあるのだろう、私の知ったことではない。これはあなたに意見を申すのではない。私ならば公儀に十分訴え申し上げ、どうしても叶わないのなら、古い脇差を一本求めて、相手の長老と刺し違えて死ぬだろう、と。その長老はやがて公儀を経て、道理が認められた。

解説

無実の罪で暴行され寺を追われた長老に、兄弟子は、これを機に出家らしく執着を捨てよと勧めた。正三はそれを突き放し、自分なら公儀に訴え、叶わなければ刺し違えて死ぬと言う。武士出身の激しさが表れた条だが、要点は、不正を諦めや悟りの言葉でごまかすなということだ。理不尽な仕打ちを受けたとき、それを受け流すのが美徳とは限らない。正当な手段で筋を通すことの大切さを、極端な言葉で示している。

この章句が説くこと

不正訴訟筋を通す武士覚悟理不尽

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