驢鞍橋 / 卷上
一日去る僧來り、此比行脚の時、友に別れて俄に懶く成りたりと云ふ。師聞て曰く、假に別れたるにさへ如是、况んや死して一人空く黃泉の旅に赴き、先も知らぬ闇路を行かん時さぞさぞ苦かるへし。兼て思知るへき事也。又曰く、其樣に心變ずる物なる間、少々に氣を養はずんは叶ふへからす。强く守り固く修め、何たる事にも苦まず、何ともなき樣にすべし。兎角一大事起らで叶はす、大事さへ有らば大事を以て一切を使ふ也。
新字:一日去る僧来り、此比行脚の時、友に別れて俄に懶く成りたりと云ふ。師聞て曰く、仮に別れたるにさへ如是、況んや死して一人空く黄泉の旅に赴き、先も知らぬ闇路を行かん時さぞさぞ苦かるへし。兼て思知るへき事也。又曰く、其様に心変ずる物なる間、少々に気を養はずんは叶ふへからす。强く守り固く修め、何たる事にも苦まず、何ともなき様にすべし。兎角一大事起らで叶はす、大事さへ有らば大事を以て一切を使ふ也。
書き下し
一日去る僧来り、此比行脚の時、友に別れて俄に懶く成りたりと云ふ。師聞て曰く、仮に別れたるにさへ如是、況んや死して一人空く黄泉の旅に赴き、先も知らぬ闇路を行かん時さぞさぞ苦かるへし。兼て思知るへき事也。又曰く、其様に心変ずる物なる間、少々に気を養はずんは叶ふへからす。强く守り固く修め、何たる事にも苦まず、何ともなき様にすべし。兎角一大事起らで叶はす、大事さへ有らば大事を以て一切を使ふ也。
現代語訳
ある日、ある僧が来て、近ごろ行脚のとき、友と別れて急にさびしくなりました、と言った。師は聞いて言われた。かりそめに別れたのでさえこうである。まして死んで、ただ一人むなしく黄泉の旅に赴き、先も知らない闇の道を行くときは、さぞさぞ苦しいだろう。前もって思い知っておくべきことである。また言われた。そのように心は変わるものだから、少しでも気を養わなければかなわない。強く守り、固く修めて、どんなことにも苦しまず、何ともないようにしなさい。とにかく一大事の心が起こらなければならない。大事の心さえあれば、その大事によって一切を使いこなすのである、と。
解説
この章句が説くこと
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