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驢鞍橋 / 卷上

一日去る者草分を誦み損するを呵して曰く、我文もつゞかされとも、汝等か爲めに心の及ぶ程書曲げて置くに、年來左右に乍居、是れを見分けぬと云ふ樣な、無道心なる事有らんや。扨もでかい恥不知哉。爰に有るは只我をたらして、飯を心安く喰はん爲めか。其面にて我前に好く出づる事也。夫れげな心にて先々にて我を賣り回り、我にも耻を與ふる也。乍去我耻はもはや二三年の耻也。汝か永劫閣魔の前の耻を顧みすや。扨々不義至極の者哉。

新字:一日去る者草分を誦み損するを呵して曰く、我文もつゞかされとも、汝等か為めに心の及ぶ程書曲げて置くに、年来左右に乍居、是れを見分けぬと云ふ様な、無道心なる事有らんや。扨もでかい恥不知哉。爰に有るは只我をたらして、飯を心安く喰はん為めか。其面にて我前に好く出づる事也。夫れげな心にて先々にて我を売り回り、我にも耻を与ふる也。乍去我耻はもはや二三年の耻也。汝か永劫閣魔の前の耻を顧みすや。扨々不義至極の者哉。

書き下し

一日去る者草分を誦み損するを呵して曰く、我文もつゞかされとも、汝等か為めに心の及ぶ程書曲げて置くに、年来左右に乍居、是れを見分けぬと云ふ様な、無道心なる事有らんや。扨もでかい恥不知哉。爰に有るは只我をたらして、飯を心安く喰はん為めか。其面にて我前に好く出づる事也。夫れげな心にて先々にて我を売り回り、我にも耻を与ふる也。乍去我耻はもはや二三年の耻也。汝か永劫閣魔の前の耻を顧みすや。扨々不義至極の者哉。

現代語訳

ある日、ある者が『草分』を読み損なったのを叱って言われた。私の文章も拙いけれども、おまえたちのために心の及ぶ限り書き曲げて置いたのに、長年そばにいながら、これを読み分けられないというような、道心のないことがあろうか。なんとまあ、ひどい恥知らずだ。ここにいるのは、ただ私をだまして、飯を気楽に食うためか。その顔でよく私の前に出てくるものだ。そんな心で行く先々で私を売り回り、私にも恥をかかせるのだ。とはいえ、私の恥はもう二、三年の恥にすぎない。おまえが永劫、閻魔の前でかく恥を顧みないのか。なんとも不義の極みの者だ。

解説

長年そばにいながら師の著書を読み違えた弟子を、正三が激しく叱る条である。弟子のために分かりやすく書いたのに、それさえ読み取れないのは道心がない証拠だ、と。正三は自分の恥はあと二、三年で終わるが、弟子の恥は永劫続くと言う。叱責の根にあるのは、師の面子ではなく弟子の将来への心配である。近くにいることに甘えて、師や上司が伝えようとしていることを真剣に受け取っていない危うさを突いている。

この章句が説くこと

叱責草分道心師弟甘え

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