驢鞍橋 / 卷上
去る曉衆に語て曰く毎曉時定つて道ならは三町計り行く間程、大事急に起つて中々切也。就中此二三年は、彌憂機にひしと責め詰めらるゝ也。時に一僧云、某の如きは守る處さへ取留めて、一處を守る機なし。師曰、工みて守る間にて知る事に非す、然れとも起る機を持たさる者は、巧みて授くるの外なし。扨亦守る處は念佛を申すも、幻化を觀ずるも、無常を觀ずるも一つ也。然れとも人人緣有る處有る物なるに仍て、さまざまに說有り、只緣有る處を守るべし。信心强き則んは、何れも替り無し。大略は皆娑婆に心を抜かして沈み居らんと也。
新字:去る暁衆に語て曰く毎暁時定つて道ならは三町計り行く間程、大事急に起つて中々切也。就中此二三年は、弥憂機にひしと責め詰めらるゝ也。時に一僧云、某の如きは守る処さへ取留めて、一処を守る機なし。師曰、工みて守る間にて知る事に非す、然れとも起る機を持たさる者は、巧みて授くるの外なし。扨亦守る処は念仏を申すも、幻化を観ずるも、無常を観ずるも一つ也。然れとも人人縁有る処有る物なるに仍て、さまざまに説有り、只縁有る処を守るべし。信心强き則んは、何れも替り無し。大略は皆娑婆に心を抜かして沈み居らんと也。
書き下し
去る暁衆に語て曰く毎暁時定つて道ならは三町計り行く間程、大事急に起つて中々切也。就中此二三年は、弥憂機にひしと責め詰めらるゝ也。時に一僧云、某の如きは守る処さへ取留めて、一処を守る機なし。師曰、工みて守る間にて知る事に非す、然れとも起る機を持たさる者は、巧みて授くるの外なし。扨亦守る処は念仏を申すも、幻化を観ずるも、無常を観ずるも一つ也。然れとも人人縁有る処有る物なるに仍て、さまざまに説有り、只縁有る処を守るべし。信心强き則んは、何れも替り無し。大略は皆娑婆に心を抜かして沈み居らんと也。
現代語訳
ある明け方、衆に語って言われた。毎朝時刻が決まっていて、道にすれば三町ほど行く間、大事が急に起こって、なかなか切実である。とりわけこの二、三年は、いよいよ憂いの気迫にひしと責め詰められている。そのとき一人の僧が言った。私などは守るところさえ取り留めることができず、一か所を守る気迫がありません。師は言われた。工夫して守っている程度で分かることではない。けれども、起こる気迫を持っていない者は、工夫して授けるほかはない。さて、守るところは、念仏を申すのも、幻を観じるのも、無常を観じるのも同じである。けれども人それぞれ縁のあるところがあるから、さまざまな説がある。ただ縁のあるところを守りなさい。信心が強ければ、どれも変わりはない。たいていは、みな娑婆に心を抜かして沈んでいるのだろう、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日去る人西国巡礼を思ひ立ち、師を辞して曰く、此中承はる自己を守るの段、心得難し、弥示し給へ。師聞て曰、自己を守る事成るへからず、只念仏申して行脚すへし。又は油断無く咒陀羅尼をくり、何千返何万返と巡礼札に書付け、処々に打巡つて業障を尽すへし。其自己の沙汰先々にてしてくれめさるゝな、ふつゝと無用にめされよ。只乞食し仏行を作して業障を尽さるへし。少し意など移りたると云ふとも、業障を尽さねば何の用にも立たぬ物也。責めて死苦を受けぬ程に勤むべし。大略責められめされんず、愚に思ひめさるゝなと也。
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『驢鞍橋』卷上師亦曰、今時諸方に安く仏法を授くる人多し、我は授くへき物なし。我処に来ての得所には、何とも成らぬ物ぢやと云ふ事を知らるへし。是れを授け申すぞ。然れとも措かるゝ事に非す、一大事なれば、世々生々に於て種を失はず、終に仏果菩提を成せんと思ふ心は、我も强う持つ也。其方抔も只念仏申しに成りめさるべし。法然抔も念仏の外は菩提の為めに成る事を知らすと云ふて、一枚起請二枚起請三枚起請迄書置かれたり。我も此行を能く思ふ、先づ此行には病が著かぬ也。大鐘を胸の中にぐわんぐわんと扣き込んで、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と力を出して申すべし。悪業少しも面を出すべからず。如是平生用ひて念を滅す事也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る遁世者来て、修行の用心を問ふ。師示して曰く、万事を打置て唯死に習はるべし。常に死に習つて、死の隙を明け、誠に死する時、驚かぬやうにすべし。□て死に習はるべし。彼者云、盲安杖を常に披見仕る、是等を見る事も悪しや。師曰、見て覚ゆる事は皆怨也。只念仏を以て死を軽くすべし。
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『驢鞍橋』卷上師亦曰く、其辺にては若き衆、法を聞き伎量過ぐると云ふ沙汰なしや。我少しあぶなく思ふ也。彼人、沙汰無しと云ふ。師亦曰、其地の何某は此前死苦に責られける間、今に頼敷思ふが、弥修行募りて見ゆるや。彼人、今程沙汰もなしと云ふ。師曰、一一死死の来る事有りとも油断し、娑婆すきに成りたらば、跡もなくなるへし。少々死の来る様也共、ひしと死機に成る事は、功を積まずんば有るべからす。我も六十余りにして慥に是れを知ると也。
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『驢鞍橋』卷下午の十月三日、臨終の僧に示して曰く、死しめされても、大事をりないぞ。まだ二十年三十年生きて修しめされたりとも、易ること有るべからす、我も八十迄生きたれども、何の変もなし。乍去我は慥に種は取つた也。其方も只種を失はじときつと守り終るべし。前は地獄へも何くへも行け、体は何たる体にもなれ、何と成ても大事をりないそ。我も人も只種を失はずして、出ては修し修すること也。昔も実に隙の明きたるは、釈迦御一人なるべし。其外の祖師殊に我朝の伝教、弘法、まだ仏境界には遥なるべし。心安く思ひめされよ。少し計りなからへたりとも、何の変も有るべからす。畢竟命は因果次第也。我知る処に非す。扨て種は我次第也。强く眼を着け、万事を放下して、正しく守り終るべしと有りければ、病僧正念にして逝去す。
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『驢鞍橋』卷上一日曰く、今時の諸宗に仏道の大筋を教へたし。何の口伝も無き事、只志を進め真実を発し、修し行して仏祖の意を大切にする計り也。此心法は徹しても大事、徹せすしても大事也。兎角修しさへすれは心磨けて行く程に、悟らずして悟る也。今時も悟らすして悟つて居る人はあるべし。扨も笑止千万の事は、法の筋違つて居る故に、悟つて迷ふ人世に多しと也。