驢鞍橋 / 卷上
一日老ひたる武士來て曰く、某老ひたれども、まだ今時の若衆に何時でも頭を擧げさすべからずと、一口に呑込んで居る也。我武士一人にして遊民に非さる間、惡道に落ちじと云ふ。師呵して曰、夫れに增したる惡道有らんや。誰をも彼をも一咬にと思ふは、畜生心也。畜生こそ己に劣るを呑み喰て驚し廻して我手柄とする物也。其方の心是れに同し。人間の心に非すと也。
新字:一日老ひたる武士来て曰く、某老ひたれども、まだ今時の若衆に何時でも頭を挙げさすべからずと、一口に呑込んで居る也。我武士一人にして遊民に非さる間、悪道に落ちじと云ふ。師呵して曰、夫れに增したる悪道有らんや。誰をも彼をも一咬にと思ふは、畜生心也。畜生こそ己に劣るを呑み喰て驚し廻して我手柄とする物也。其方の心是れに同し。人間の心に非すと也。
書き下し
一日老ひたる武士来て曰く、某老ひたれども、まだ今時の若衆に何時でも頭を挙げさすべからずと、一口に呑込んで居る也。我武士一人にして遊民に非さる間、悪道に落ちじと云ふ。師呵して曰、夫れに增したる悪道有らんや。誰をも彼をも一咬にと思ふは、畜生心也。畜生こそ己に劣るを呑み喰て驚し廻して我手柄とする物也。其方の心是れに同し。人間の心に非すと也。
現代語訳
ある日、年老いた武士が来て言った。私は年を取ったが、まだ今どきの若者には、いつでも頭を上げさせないと、一口に呑み込んでいるつもりである。私は武士の一人で遊民ではないから、悪道に落ちることはないだろう、と言う。師は叱って言われた。それに増した悪道があろうか。誰も彼も一噛みにしてやろうと思うのは、畜生の心である。畜生こそ、自分より劣るものを呑み喰い、脅し回して自分の手柄とするものだ。あなたの心はこれと同じである。人間の心ではない、と。
解説
若者に負けるものかと意気込み、武士である自分は悪道に落ちないと自負する老武士を、正三は、それこそ最悪の悪道、畜生の心だと一喝する。自分より劣る者を呑み込み、脅して手柄にするのは獣のやり方だ、と。年長者が若手を押さえつけることで自分の存在価値を保とうとする姿は、どの組織にも見られる。経験や地位を、若い人を支える力ではなく、屈服させる力として使っていないかを問う条である。
この章句が説くこと
畜生心年長者威圧手柄若手傲慢
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