言志四録 / 南洲手抄
凡爲學之初、必立欲爲大人之志、然後書可讀也。不然、徒貪聞見而已、則或恐長傲飾非。所謂假寇兵、資盜糧也、可虞。
新字:凡為学之初、必立欲為大人之志、然後書可読也。不然、徒貪聞見而已、則或恐長傲飾非。所謂仮寇兵、資盗糧也、可虞。
書き下し
凡そ学を為すの初め、必ず大人たらんと欲するの志を立て、然る後書読む可し。然らずして、徒に聞見を貪るのみならば、則ち或は傲を長じ非を飾らんことを恐る。謂はゆる寇に兵を仮し、盗に糧を資するなり、虞る可し。
現代語訳
およそ学問を始めるにあたっては、必ず「立派な人物(大人)になろう」という志を立て、そのうえで書物を読むべきだ。そうせずに、ただ知識や見聞をむさぼるだけなら、かえって傲慢さを助長し、自分の過ちを言い繕う口実を与えかねない。それはいわば、敵に武器を貸し、盗人に食糧を与えるようなもので、警戒すべきことである。
解説
学問には、まず「志」という土台が要ると説く、痛烈な一条です。人格を高めようという志なしに知識だけを貪ると、その知識はかえって傲慢を助長し、自分の非を巧みに言い繕う道具になる。それを一斎は「敵に武器を貸し、盗人に食糧を与える(仮寇兵、資盗糧)」と喩えます。学びが人を賢くするどころか、悪知恵を磨いてしまう危険です。知識・情報が容易に手に入る現代ほど、この警告は重い。何のために学ぶのかという目的意識を欠いた学びは、身を助けるどころか害になる。学びの出発点を問い直させる一条です。
この章句が説くこと
立志学問の目的傲慢仮寇兵
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