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驢鞍橋 / 卷上

一日初入の僧、無緣の僧と成り諸國を乞食し廻らんと云ふて、師を辭す。師呵して曰く、內々聞きし事言語道斷無分別なる思ひ立ち也。先づ佛道を修せんと思ふ者は、善き師を求め善き友に交はる事肝要なり。然るに修行昨今の思ひ立ちにて、途方も無くすべをも辨へす、徒に諸國を行脚せんこと我同心なし。

新字:一日初入の僧、無縁の僧と成り諸国を乞食し廻らんと云ふて、師を辞す。師呵して曰く、内々聞きし事言語道断無分別なる思ひ立ち也。先づ仏道を修せんと思ふ者は、善き師を求め善き友に交はる事肝要なり。然るに修行昨今の思ひ立ちにて、途方も無くすべをも弁へす、徒に諸国を行脚せんこと我同心なし。

書き下し

一日初入の僧、無縁の僧と成り諸国を乞食し廻らんと云ふて、師を辞す。師呵して曰く、内々聞きし事言語道断無分別なる思ひ立ち也。先づ仏道を修せんと思ふ者は、善き師を求め善き友に交はる事肝要なり。然るに修行昨今の思ひ立ちにて、途方も無くすべをも弁へす、徒に諸国を行脚せんこと我同心なし。

現代語訳

ある日、入門したばかりの僧が、縁のない僧となって諸国を乞食して回ろうと言って、師のもとを辞そうとした。師は叱って言われた。うすうす聞いていたことだが、言語道断の無分別な思い立ちである。まず仏道を修めようと思う者は、善い師を求め、善い友と交わることが肝要である。ところが修行を始めて間もない思いつきで、途方もなく、やり方もわきまえず、むやみに諸国を行脚しようというのに、私は賛成しない。

解説

修行を始めたばかりの僧が、師のもとを離れて一人で諸国をさすらおうとするのを、正三は強く引き止める。まず善い師と善い友のもとで学ぶことが肝要だ、と。自由な放浪は理想的に見えるが、基本も身についていない段階で師や仲間から離れれば、道を誤りやすい。入社間もない人が、組織の基礎を学ばないうちに独立や転職を急ぐ場面にも重なる。自由を求める気持ちを否定するのではなく、順序を問うている。

この章句が説くこと

師友行脚順序基本無分別修行

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