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驢鞍橋 / 卷上

又彼者、惡心休み欲心抔なしと云ふ。師曰、少しの處收りぬれば、是となし居る物也。何程無欲に成り、人好く成りたりとも、此娑婆を樂む念、又我身を思ふ念は休むへからす。是れを離れすんば皆是れ輪廻の業也。是念を滅するには、身心は是れ怨家なりときつと睨詰めて、念佛を以て責滅すばかり也。別に道理の入る事にも非ず、智惠の入る事にも非す、人を賴みて成佛する事にも非す、人の引て地獄へ落すにも非す、地獄へも天道へも只今の念が引て徃く也。瞋恚は地獄、欲心は餓鬼、愚癡は畜生、是れを三惡道と云ふ也。此上に修羅人間天上の三善道を加へて、六道と云ふ也。皆是れ一心の內に有る六道也。此間を離れす、上に登り、下に下り、廻り休まさるを六道輪廻と云ふ也。

新字:又彼者、悪心休み欲心抔なしと云ふ。師曰、少しの処収りぬれば、是となし居る物也。何程無欲に成り、人好く成りたりとも、此娑婆を楽む念、又我身を思ふ念は休むへからす。是れを離れすんば皆是れ輪廻の業也。是念を滅するには、身心は是れ怨家なりときつと睨詰めて、念仏を以て責滅すばかり也。別に道理の入る事にも非ず、智恵の入る事にも非す、人を頼みて成仏する事にも非す、人の引て地獄へ落すにも非す、地獄へも天道へも只今の念が引て往く也。瞋恚は地獄、欲心は餓鬼、愚癡は畜生、是れを三悪道と云ふ也。此上に修羅人間天上の三善道を加へて、六道と云ふ也。皆是れ一心の内に有る六道也。此間を離れす、上に登り、下に下り、廻り休まさるを六道輪廻と云ふ也。

書き下し

又彼者、悪心休み欲心抔なしと云ふ。師曰、少しの処収りぬれば、是となし居る物也。何程無欲に成り、人好く成りたりとも、此娑婆を楽む念、又我身を思ふ念は休むへからす。是れを離れすんば皆是れ輪廻の業也。是念を滅するには、身心は是れ怨家なりときつと睨詰めて、念仏を以て責滅すばかり也。別に道理の入る事にも非ず、智恵の入る事にも非す、人を頼みて成仏する事にも非す、人の引て地獄へ落すにも非す、地獄へも天道へも只今の念が引て往く也。瞋恚は地獄、欲心は餓鬼、愚癡は畜生、是れを三悪道と云ふ也。此上に修羅人間天上の三善道を加へて、六道と云ふ也。皆是れ一心の内に有る六道也。此間を離れす、上に登り、下に下り、廻り休まさるを六道輪廻と云ふ也。

現代語訳

また、その者は、悪い心は休まり、欲心なども無くなりました、と言った。師は言われた。少しのところが収まれば、それでよいとしているものだ。どれほど無欲になり、人柄が良くなったとしても、この娑婆を楽しむ思い、また自分の身を思う思いは休むものではない。これを離れなければ、みな輪廻の業である。この思いを滅するには、身心はこれ怨敵であると、きっと睨みつけて、念仏によって責め滅ぼすほかはない。別に道理が要ることでもなく、智慧が要ることでもなく、人に頼んで成仏することでもなく、人が引いて地獄へ落とすことでもない。地獄へも天へも、ただ今の思いが引いて行くのである。怒りは地獄、欲心は餓鬼、愚かさは畜生、これを三悪道という。この上に修羅・人間・天上の三善道を加えて六道という。みな一つの心の内にある六道である。この間を離れず、上に登り、下に下り、巡って休まないのを六道輪廻というのである。

解説

悪心も欲心も無くなったと言う弟子に、正三は、少し収まったくらいで満足するなと戒める。そして六道を、死後に行く世界ではなく、いまこの瞬間の心の状態として説き直す。怒れば地獄、貪れば餓鬼、愚かであれば畜生。地獄にも天にも、誰かが連れて行くのではなく、今の自分の思いが連れて行く。心の状態が刻々と行き来する様子を輪廻と見るこの説明は、宗教を離れても、自分の感情を観察する手がかりになる。

この章句が説くこと

六道輪廻一念三毒怒り心の状態

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