驢鞍橋 / 卷上
然るに今時佛法廢れ果て、すべ惡く成りて、活きた機を用ゆる者なし。皆死漢計り也。佛道には活漢とて活きた機を用ゆること是れを知らす、殊勝になん柔和になり、沈入りて佛法と思へり。或は悟りたる抔とさもなきことを鼻に上げ狂ひありく者多し。只我は殊勝けなことをも、悟りけなことをも知らす、十二時中浮心を以て萬事に勝つ事計り用ゆる也。何れも二王不動の堅固の機を受修し行して、惡業煩惱を滅すべしと自ら眼をすゑ、拳を握り歯ぎしりして曰く、きつと張懸けて守る時、何にても面を出す者なし。始終此勇猛の機一つを以て、修行は成就する也。別に入ること無し。何たる行業もぬけがらに成りてせば、用に立つべからず。强く眼を著けて禪定の機を修し出すべしと也。
新字:然るに今時仏法廃れ果て、すべ悪く成りて、活きた機を用ゆる者なし。皆死漢計り也。仏道には活漢とて活きた機を用ゆること是れを知らす、殊勝になん柔和になり、沈入りて仏法と思へり。或は悟りたる抔とさもなきことを鼻に上げ狂ひありく者多し。只我は殊勝けなことをも、悟りけなことをも知らす、十二時中浮心を以て万事に勝つ事計り用ゆる也。何れも二王不動の堅固の機を受修し行して、悪業煩悩を滅すべしと自ら眼をすゑ、拳を握り歯ぎしりして曰く、きつと張懸けて守る時、何にても面を出す者なし。始終此勇猛の機一つを以て、修行は成就する也。別に入ること無し。何たる行業もぬけがらに成りてせば、用に立つべからず。强く眼を著けて禅定の機を修し出すべしと也。
書き下し
然るに今時仏法廃れ果て、すべ悪く成りて、活きた機を用ゆる者なし。皆死漢計り也。仏道には活漢とて活きた機を用ゆること是れを知らす、殊勝になん柔和になり、沈入りて仏法と思へり。或は悟りたる抔とさもなきことを鼻に上げ狂ひありく者多し。只我は殊勝けなことをも、悟りけなことをも知らす、十二時中浮心を以て万事に勝つ事計り用ゆる也。何れも二王不動の堅固の機を受修し行して、悪業煩悩を滅すべしと自ら眼をすゑ、拳を握り歯ぎしりして曰く、きつと張懸けて守る時、何にても面を出す者なし。始終此勇猛の機一つを以て、修行は成就する也。別に入ること無し。何たる行業もぬけがらに成りてせば、用に立つべからず。强く眼を著けて禅定の機を修し出すべしと也。
現代語訳
ところが今の世は仏法が廃れ果て、やり方が悪くなって、生きた気迫を用いる者がいない。みな死んだ者ばかりである。仏道には活漢といって生きた気迫を用いるということを知らず、殊勝になり、柔和になり、沈み込んでそれを仏法だと思っている。あるいは悟ったなどと、ありもしないことを鼻にかけて狂い歩く者も多い。私はただ、殊勝げなことも悟りげなことも知らず、一日中、浮心(張りつめた心)をもって万事に勝つことばかりを用いている。誰もが仁王や不動の堅固な気迫を受けて修行し、悪業煩悩を滅すべきだ、と自ら目を据え、拳を握り、歯ぎしりして言われた。きっと張りつめて守っているとき、何ものも顔を出すことはない。始めから終わりまで、この勇猛の気迫一つで修行は成就する。ほかに要るものはない。どんな行も抜け殻になってしていては役に立たない。強く目をつけて、禅定の気迫を修め出すべきである、と。
解説
この章句が説くこと
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