李衛公問対 / 卷下
謂敵未可勝,則我且自守;待敵可勝,則攻之爾;非以強弱為辭也。
新字:謂敵未可勝,則我且自守;待敵可勝,則攻之爾;非以強弱為辞也。
書き下し
敵未だ勝つべからずと謂わば、則ち我は且く自守せん。敵の勝つべきを待ちて、則ち之を攻むるのみ。強弱を以て辭と為すに非ざるなり。
現代語訳
敵にまだ勝てる見込みがないと判断すれば、まずは自分の守りを固める。敵に勝てる好機が訪れるのを待って、そこで初めて攻める。強いか弱いかを理由にして攻守を決めるのではない。
解説
攻めるか守るかを決めるのは、自分と相手の強さの比較ではなく、勝てる見込みがあるかどうかだという判断基準を示している。力があるからといって無理に攻める必要はなく、力が劣っていても好機を待って動けば道は開ける。仕事の場面でも、実力の優劣にこだわって動くか控えるかを決めるより、状況が整っているかどうかで判断した方が的確な行動につながる。焦って動く前に、今が動くべき時かを見極める視点が要る。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
好機攻守判断基準
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