葉隠 / 聞書第十一
軍法聞書の内、始勝後戰は彙勝の二字に極る。治世の智謀は亂世の武備、味方五百の勢を以て十萬の敵に勝つ事。口傳。敵城へ押寄する人數上り候時は、元の道を退かず、脇道を通るべき事。口傳。味方の手負死人は、敵方へ頭を向けてウツブシに置くべき事。口傳。敵陣へ押寄候時、木蔭などを見立て、あの土手橋より何間程だと、能く目印をして通るべし。さて、味方退き候時、件の木蔭などに立寄り人數を通し、殿りをすべし。上る勢に向つて、「某、殿りをするなり、同志の人は留り給へ。」と、一々言葉を掛くべし。口傳。尤も武士の心掛、懸かる時は眞先、退く時は後になるべし。懸かるに待つを忘れず、待つに懸かるを忘るべからず。
新字:軍法聞書の内、始勝後戦は彙勝の二字に極る。治世の智謀は乱世の武備、味方五百の勢を以て十万の敵に勝つ事。口伝。敵城へ押寄する人数上り候時は、元の道を退かず、脇道を通るべき事。口伝。味方の手負死人は、敵方へ頭を向けてウツブシに置くべき事。口伝。敵陣へ押寄候時、木蔭などを見立て、あの土手橋より何間程だと、能く目印をして通るべし。さて、味方退き候時、件の木蔭などに立寄り人数を通し、殿りをすべし。上る勢に向つて、「某、殿りをするなり、同志の人は留り給へ。」と、一々言葉を掛くべし。口伝。尤も武士の心掛、懸かる時は真先、退く時は後になるべし。懸かるに待つを忘れず、待つに懸かるを忘るべからず。
書き下し
軍法聞書(ぐんぽうききがき)の内、始勝後戦は彙勝の二字に極(きわ)まる。治世の智謀は乱世の武備、味方五百の勢を以て十万の敵に勝つ事。口伝(くでん)。敵城へ押寄(おしよ)する人数上(のぼ)り候時は、元の道を退(しりぞ)かず、脇道を通るべき事。口伝。味方の手負(ておい)死人は、敵方へ頭を向けてウツブシに置くべき事。口伝。敵陣へ押寄せ候時、木蔭(こかげ)などを見立て、あの土手橋より何間(なんげん)程だと、能(よ)く目印をして通るべし。さて、味方退き候時、件(くだん)の木蔭などに立寄り人数を通し、殿(しんが)りをすべし。上る勢に向つて、「某(それがし)、殿りをするなり、同志の人は留(とど)まり給へ。」と、一々言葉を掛くべし。口伝。尤(もっと)も武士の心掛、懸かる時は真先(まっさき)、退く時は後になるべし。懸かるに待つを忘れず、待つに懸かるを忘るべからず。
現代語訳
軍法聞書の要点は「始めに勝ちて後に戦う」、すなわち「彙勝」の二字に尽きる。治世における智謀こそが乱世の武備であり、味方五百の兵で十万の敵に勝つ道理もそこにある(口伝)。敵城へ押し寄せて兵を進めるときは、来た道を戻らず脇道を通れ(口伝)。味方の手負いや死者は、敵の方へ頭を向けてうつ伏せに置け(口伝)。敵陣へ攻め寄せるときは木陰などを目当てに定め、「あの土手橋から何間ほど」とよく目印をつけて進め。さて味方が退くときは、その木陰に立ち寄って兵を通し、殿(しんがり)を務めよ。退いてくる兵に向かって「私が殿を務める、志ある者は留まれ」と一人ひとりに声を掛けよ(口伝)。要するに武士の心掛けとして、攻めるときは真っ先に、退くときは最後になるべきだ。攻めながらも守りを忘れず、守りながらも攻めを忘れてはならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
司馬法・嚴位凡そ戦の道は、位は厳ならんことを欲し、政は栗(りつ)ならんことを欲し、力は窕(ゆとり)あらんことを欲し、気は閑(しずか)ならんことを欲し、心は一ならんことを欲す。
-
うひ山ぶみ・第六段まことに然あるべきことにて、その学のしなを正し、まなびやうの法をも正して、ゆくさきよこさまなるあしき方に落チざるやう、又其業のはやく成るべきやう、すべて功多かるべきやうを、はじめよりよくしたゝめて、入らまほしきわざ也、
-
孫子・形篇是の故に勝兵はまず勝ちて後に戦い、敗兵はまず戦いて後に勝ちを求む。
-
司馬法・定爵教えは惟(こ)れ豫(あらかじ)め、戦いは惟れ節(せつ)。
-
李衛公問対・卷上《孫子》に謂う、『多筭は少筭に勝つ』と。以て少筭の無筭に勝つを知る有り。凡そ事皆な然り。
-
孫子・行軍篇敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。遠くして戦いを挑む者は、人の進むを欲するなり。其の居る所の易なる者は、利あればなり。